研究所跡
「形は残っている……か」
氷の小惑星内に作られた研究所は、一応の外観を保っていた。ただ魔力感知で調べたところ、メイン魔力炉を始め、魔力を供給するラインがことごとく切られていて、それに繋がる情報端末も破壊されているようだった。
「これは導師達が自壊させた感じかな」
「兄ちゃん、どうするの?」
「とりあえず中を見てくる。留守番は頼んだ」
「お、オレ達も」
「いや、生命維持装置も全部止められているからな。宇宙活動ができないと無理だ」
「……分かった」
「ちゃんと勉強して、使える人材になってくれ」
「う、うん!」
「パフェを作れるようになるよ!」
食い気を隠せない妹の頭をポンポンしてから、俺は研究所の中へと入っていった。
船外作業着を着て研究所内へと入っていく。風の魔道具で空気を確保した船外作業着は、その風力を使って推進する事もできる。
普通の服に空気を纏わせる方法も研究されていたが、真空中で空気を留めるというのは多大な魔力を必要とする点を解消できず、一回り大きな服で閉じ込める形の船外作業着が普及した。
魔導騎士のパイロットスーツは、肌に密着させるタイプで、空気はヘルメット内という感じだな。魔力で操作するので、手足を動かす必要はないんだが、乗り降りを考えるとかさ張るのは避けたいだろう。
魔力が切れて久しい研究所内は、照明もなく重力もない。放置された机などが散乱している状態だ。
「これは魔力炉をオーバードライブさせたかな」
魔力を過剰供給して、接続された情報端末を焼き切り、照明類も壊れた様に見えた。内側から弾けている。
破片などは襲撃者達が押し入った際に、トリモチ的な粘着弾で壁に縫い留めたようだ。
幾つか情報端末の残骸を確認したが、記憶水晶は持ち去られているな。銃痕というか争った様子はないから、襲撃者が来るタイミングで皆脱出できていたのだろう。
子供らしい物が全く無いキッズルームは、かつて幼い俺等に模擬戦などをやらせていた部屋だな。模擬戦と言っても魔法同士をぶつけ合ったり、術式の解析勝負をしたりで、肉体を使っての模擬戦の割合は少なかった。まあ、5歳そこそこの身体では脆かったしな。
「なんだかんだで楽しい思い出……なんだろうか」
亡国の歌姫やら海賊王、死神と呼ばれた男とか、キャラクターとして濃い面々だった。それぞれ生きた世界が違って、カルチャーショックもかなりあった。
地球の料理はそれなりに好評だったはずだ。まだお子様舌なので、ハンバーガーとかジャンキーな料理のウケが良かった。
「歌姫もそうだが、次元回避は死神の領分。彼も王国にいるのかな?」
それぞれの世界ごとに発展した魔法を解析しあったりしていた。次元回避の分析はうまくできなかったが、歌姫が独自に解析しきった可能性もある。
呪歌の仕組みは簡単な方だったけど、それを実際に歌うのは誰もできなかった。ボイスレッスンとかで歌える様になった奴がいた可能性もあるか?
この研究所の実験体である俺達は、魔力量は群を抜いているし、脳裏に刻まれたこの世界の術式。それに前世の記憶が相まって、相当にしぶとい連中に育っているだろう。
前世があるとはいえ、幼くして亡くなったとは思いたくなかった。
「でも生きていたら敵味方になってる可能性の方が高そうでもあるが」
卓越した能力は否が応でも目立つ。それをひた隠しにして生きるというのも、彼らのイメージからは程遠い。
それぞれに何らかの力を有してのし上がっていくのではなかろうか。
「ここに帰って来たのは、俺が最初っぽいな」
キッズルームの一角、コルクボードには1枚の写真も残ってはいない。しかし、そこには目に見えないメッセージが残っている。
『今日の別れは将来の再会を喜ぶための標石』
特殊な波長で描かれた文字は、俺達だけが知る特殊な魔法によってのみ浮かび上がる。これは研究所の導師に見られたくない内容などを記すために編み出したものだ。
いずれ自由になるために、この研究所を出ようというのは、早くから共有する想いだったからな。
研究所内のセキュリティホールやら、脱出艇の起動方法、所員に通じる魔法などなど、色々と試行錯誤をしていた。
そしてハーミットを気取る男が、ここに最後の文字を刻んでいたが、その下に連なる文字はない。
なので俺は今日の日付と名前を記す。
『一番乗りは頂いた。呪歌はもう一捻り欲しかったな』
などと感想を加えて、俺はキッズルームを出た。
かつて個々の子供達に与えられた部屋は、そのまま脱出艇となって宇宙に散った。俺と同じくジャマーが発生する中、無謀な空間転移を行った者もいるだろう。
そのまま追手がかからずに逃げおおせた者、襲撃者に捕まった者なども可能性としてはある。
後は導師に気に入られていた者は、共に脱出した可能性もあった。
「そいつらに会えるかどうかは、関係ないな」
俺の望みはアイネを復活させる事。この研究所の資料は持ち出され、記憶結晶も持ち去られている。
さすがに痕跡を残すほど、襲撃が素人という事もないな。
「可能性としては、共和圏の情報部に持っていかれたと言うのが高いか?」
ここの襲撃が世間に知られていない。情報統制が掛けられた結果と見る方が自然だ。独裁圏と違って、共和圏は報道の自由とやらがうるさいからな。無人星系へと派遣された部隊を追ってた者がいてもおかしくはない。
ただその手のジャーナリストも名声を得るためよりも、金を得るために行動する場合が多い。事件を公表する事で得られる恩恵を上回る報酬が約束されたら、手の平を返すものだ。
「共和圏の情報局へ潜り込むか、事件を知るジャーナリストを探し出すか……」
研究所の導師を探すという手も残っているな。12年程度なら初老くらいだった主任導師もまだ生きていておかしくない。
助手の女性導師ならなおさらだ。
「今あるツテは、私掠船免状を持ってきた情報局の人間が一番近くはある」
ただ背後にあるのは、共和圏の連邦局。帝国が幾つも寄り集まってできている様な規模の組織。個人で対抗するにはちょっと大き過ぎる。
まずは帝国内で海賊行為をやって情報局内部への足がかりを探すくらいしかないか。導師の情報もあるかも知れないしな。
「共和圏で自由に過ごせる期間も残り少ないし、あの話を受けるのが一番なのかな」
「ん? 数が合わないな」
俺と同世代の子供は10人。射出された子供部屋は、全部で14部屋あった。緊急事態だったので、全部屋一斉に射出したのかとも考えたが、幾つかの子ども部屋は空き部屋として残っていた。
「囮として空き部屋を使ったのか?」
それとも俺達も知らない子供がいたのか。死に汚染され、狂気のまま生まれた子供もいたという話は聞いたことがある。
もしかすると拘束されたまま生かされていたのだろうか。
何だか引っかかるものを感じて、記憶の中の部屋割りを引っ張りだし、知っている子供の部屋を確定していく。
俺を含めた11部屋以外に残り3部屋が射出されていた。その方向を記録する。
この研究所自体は第7惑星の輪の中にあり、ある程度の速度で惑星を回っていて、惑星自体も恒星を中心に公転している。
あの日から経過した日数を巻き戻して、一斉に射出された時間の研究所の位置から、3部屋の射出された方向を割り出した。
「さて、何か残っているのかどうか……」
宇宙船に戻った俺は、それぞれの行く先を追ってみることにした。




