共和圏情報員との交渉
「まあ、そんな訳でここ1年は虜囚の身。新帝国の体制などの情報はありませんよ」
「そちらの2人は?」
「辺境の惑星の住人で、帝国内がきな臭いから連れてきただけですが……」
「我々が欲するのは、その辺りの情報なのです」
帝国の足元、民衆の動き。共和圏として、その版図を広げる為に、切り崩せる星系を調べたいんだとか。
「独裁圏の中で国力を削り合う中、我々共和圏の国々としては、虐げられる民を救いたいのですよ」
「そのついでに資源を確保していきたいってところですかね?」
「民を助けるのにも資金はかかりますので」
他国を切り崩すのに綺麗事ばかり並べられても信用はできない。
王国の侵攻から皇帝の交代、王国への反転攻勢に息巻く帝国首脳部に対して、元々独裁圏と対立してきた共和圏が黙って見ている必要もないか。
俺としても帝国を助ける義理はないどころか、恨みもあるから無碍に断る事もない。
「まあ、俺が飛んできた道中の星系の情報を買ってくれるなら、特に断る理由もないか」
「いえ、私達が欲するのは未来まで含めた情報です」
「未来?」
目の前の男の提案は、帝国領内へと戻り、そこから情報を送れというものだった。
「スパイになれと?」
「どちらかというと……」
そう言って男が取り出したのは、私掠船許可証と刻まれたプレートだった。
「海賊です」
帝国は長年、海賊被害に悩まされていた。てっきり海賊王国と呼ばれたメルドール王国による侵略の一環だと思っていたが、共和圏からの侵入者もいたらしい。
「現地に私掠船コミュニティも形成してまして、補給、整備なども行えます」
「犯罪者になれと?」
「既に指名手配犯でしょう?」
悪びれもせずに言ってのける男に腹立たしさを感じる。海賊被害を軽減しようとオールセンと発振器の開発までやっていたのだ。それを海賊になれと……。
「戦犯にされたのは上層部の思惑で、犯罪を犯した訳じゃない」
「ええ、私共も略奪行為をしろとは言いません。我々が欲するのは情報。それを得ることができれば対価と補給を約束します」
確かに情報は武器で、上手く使えば数多の戦場での戦果に勝る効果を上げる事もできる。とはいえ、既にコミュニティまで築かれている中に入ったとして、俺の情報にそこまでの価値があるのか。
俺を帝国に送り返す事にメリットがある?
「ここは正直さで俺の信用を買う場面じゃないですか?」
それはある意味、白旗を上げるに等しい。こちらの予想を越える何かを共和圏は得ようとしている。変に憶測に憶測を重ねて利用されるより、納得して利用されたいという意思表明だ。
「そうですね。受け答えがしっかりしていて、こちらの意図を汲んでくださるので失念しておりましたが、貴方はまだ17歳。情報もないままに判断を迫るのは酷というものでしたね」
わざわざ追い打ちをかけてくる辺り、この男の腹黒さは俺よりも何段も上の領域にあるのだろう。
「帝国内の気勢は王国打つべしの流れに乗ってはいますが、それはあくまで貴族の話。急な軍備増強の指示に民間の圧迫が進んでいて、新皇帝の評価はすこぶる悪い。ご存知の通り、帝国は貴族と民間で大きく武力に隔たりがあるので、すぐにどうこうとは参りませんが、それでも内乱の気配は大きくなっています」
その発端となりうる情報はいち早く掴みたい、それに乗じた共和圏からの攻勢を仕掛けたい。なのでより多くの手駒を帝国へと送り込んでおくのだという。
「にしても、指名手配中の若造に許可まで与えてってのは、乱暴過ぎると思うけど」
「帝国に恨みがありそうで、戦争での機転も効く、軍学校でも成績優秀な生徒であれば、見込みは十分だと私共は判断しました。もちろん、他にも網はありますし、貴方だけに頼る訳でもない。こちらもメリットを見込んで、デメリットも含めて考えていますよ」
相手を持ち上げるセリフを吐くというのは、煙に巻こうとしていると受け取るのは俺がひねくれているからか。
何にせよ、ここで即決は無理だな。
「用件は分かりました。とはいえここで頷けるほど納得はできてない。考える時間を頂けないでしょうか?」
「ええ、ええ。私共も性急に結論を得やうとは考えていません。考えて頂けるだけでも前進ですから。なのでこちらからも誠意を見せさせて頂きます。貴方の船に仕掛けられていた発信機については、解除させて頂きます」
恩着せがましく言ってきたが、そもそも他人の船に発信機を付ける事自体、攻められてしかるべき物じゃないだろうか。
それで誠意と言われても納得はできない。
ただ本当に追跡を止めてくれるならありがたくはある。
「分かりました。しばらく考えさせて頂きます」
「ええ、ええ。こちらが私共のアドレスです。気が向きましたら連絡を下さい。もちろん、滞在期間を過ぎれば、強制的な追跡が始まりますので、その点はご了承ください」
「……」
そこは入国のルールだから仕方ないか。色々と釈然とはしないものを抱えつつ、俺達は船に戻ることにした。
船に戻って魔力感知で盗聴器を調べると、確かに仕掛けられていた盗聴器は外されているようだった。
後は発信機だがタイマーで一定時間ごとに発信する様にされていると、今現在感知できなくても仕掛けが残っている可能性はある。
ただ発信する際はそれなりの魔力が必要となるので、船の検知器に引っかかるであろう。この辺、密航艇としてその手の機器が仕掛けられる可能性を考えて、センサー類が多く機能している点に感謝した。
最後の可能性としては、ゆく先々の星系で特定の検知波に対して、特異な返信を返すタイプの機器。これは自ら発信する訳ではないので、センサー類にも引っ掛からず、見つけるのは困難だ。
この手の機器は外壁に貼り付けられているが、それを見つけるのは丁寧に表面を洗っていく必要があり、また見つけられるかは五分五分といったところ。
時間を掛けて探す価値はないと判断する。
「何にせよ、表向きは追跡の手がなくなったはずなので、その時間を有効に使おう」
「結局、どこに行くんだ?」
「星図で言うならこの辺だな。具体的な座標は現地で合わせるしかない」
「ふーん」
「お兄ちゃん、パフェ作りたい!」
「おうっ」
兄妹は先程の喫茶店で食べたパフェに衝撃を受けていたらしく、その再現に意識を持っていかれているようだった。
俺は幾つかの星系を跳んで、目的の星系へと近づいていった。その間に発信機が作動する様子もなく、追跡者が付いている雰囲気も感じていない。
俺自身の経験不足はあるだろうが、密航船のセンサー類はかなりの精度。これを誤魔化せる相手なら諦めるしかない。
共和圏で12年前の襲撃事件についてニュースを洗ってみたが、引っかかるモノはなかった。それすなわち、未だに事件そのものが発覚していないか、公的機関自体が隠匿しているかを示している。
あの研究所はかなり秘密裏に運営されていたので、そこへの襲撃自体が全く知られていない可能性も確かにあったが、やはり公的機関が関わっていたと考える方が無難だろう。
楽観的に考えるより、悲観的に捉えて警戒するに越したことはない。なので目的の星系へと跳ぶ前は、敢えて2段転移を行い、足跡を辿りにくくしながら、星系のかなり外縁部へと到着した。
そこから光魔力を補充しながら、通常航行で第7惑星のリング内にあった研究所へと向かう。
土星型惑星である第7惑星だがリングを構成する小惑星は、ほとんどが氷でできている。研究所もそんな氷の小惑星の1つをくり抜いて作られていた。
無数にある小惑星の中から研究所を探し出すのは困難。しかし、特定波長のレーダーに特異な返波を返す仕組みを備えていたので、それを頼りに目的の場所を探した。




