共和圏の内部へ
国境星系を離れて3つほどの流通拠点となる星系へとやってきた。共和圏でも有数のハブ星系で人、物、金が多く行き交う星系だ。
居住可能惑星もあるが、時間を優先する旅人が多いので、軌道上にあるステーションでの交流が盛んな星系だった。
「す、すげー人だな」
「いっぱい」
ステーションに降りて見ると、ターミナル駅として込み入っていた。
「スリはいないだろうが、人さらいはいるかもしれんな」
情報端末で金銭のやり取りが行われる世界なので、現金を盗まれる危険はない。情報端末自体は本人の魔力でロックされているので、中を覗く事はできないはずだ。
軍学校にいる間もそのセキュリティが破られたという話は聞かなかった。
それよりも人さらいの危険の方が身近だ。テッドやリリアは元気になっているものの、長年の栄養不良で同世代より小柄で、やつれた雰囲気は残っている。
さらっても足がつかない子供と見られると、人身売買のネタにされる危惧があった。
共和圏の治安がどのレベルか分かっていないが、前世で治安が良いとされていた日本ですら幼児誘拐事件はそれなりに起こっていたのだ。
注意するに越したことはないだろう。
「手でも繋いでおけよ」
と兄妹を促すと、互いに手を取らず俺の左右で手を握ってきていた。まあ、その方が安全ではあるか。俺なら手が塞がっていても術式で反撃できるしな。
適当なレストランで食事をして食後のコーヒーを嗜んでいると、テーブルへと歩み寄る影があった。
「レンドリンさんですね?」
そう言って話しかけてきたのは、40前後のビジネススーツを着た男だった。撫でつけた七三分けにタレ目のいかにも温和という雰囲気で微笑みを浮かべている。
隣にいるのは髪を短くしたスポーティな20代半ばの青年。同じくスーツを着ているが内から押し上げる筋肉でパツパツだった。
頷く俺に対して、男は続ける。
「少しご同行願えます。そちらのお子さんも一緒に」
「断れないお誘いなんでしょうね。仕方ありません」
「決して、悪い話ではないと思いますよ」
「ま、悪い話だと近づく悪者はいませんけどね」
「確かに」
スーツの男はそう言いながら笑みを深める。
男についていくと、そこはクラシカルな喫茶店といった店だった。表通りから少し路地を入った所にある店は、客の数が少ない。
その上で更に奥の個室へと招かれた。
「何か注文をどうぞ。ここのパフェは絶品ですよ」
「俺はコーヒーをアイスで。お前たちはゆっくり選んで好きなのを頼めばいいぞ」
「「うん」」
メニューを表示させた情報端末を2人の前に置き、俺は改めて男を見る。
「さて、用件を伺いましょうか」
「私どもが求めるのは帝国の情報なんですよ、タマイさん」
男は少し身を乗り出すようにして切り出した。
やはり共和圏にも手配犯の情報は入って来たのだろう。その素性を確認しに来るのは予定通りだ。
本気で隠すつもりならもっと顔を変えるとか、変装をするからな。
そしてその行動自体が、自分は悪くないよというアピールにもなる。帝国などの独裁国家であれば、有無を言わさず捕縛もありえるが、建前としては自由を謳う共和圏では不当な逮捕までは至らない。
それよりもそうした相手から利益を得るためにはどうするかが大事なはず。
「情報と言われても範囲が広すぎますね。何を知りたいんです?」
「こちらで掴んでいるのは、戦犯である貴方が脱獄して指名手配を受けているという事です。その辺の事実から……でしょうか」
共和圏の諜報員がどこまで事実を知っているのかは分からないが、その辺の話は俺にとって隠す部分でもない。下手に誤魔化そうとすると心象が悪くなるだろうから事実を話す。
「不意を突かれて押し込まれる戦況をリセットするには、要塞砲を利用する必要がありました」
「しかし、敵にやられるよりも味方に撃たれて死んだとなれば、悪感情は募るでしょう」
「そこを説明し、理解を得るのが参謀官か広報官の仕事でしょう。若造の提案を幸いに、罪を全て負わせて処分するというやり方は、納得できるものではありませんよ」
ふむふむと頷く男。おっとりとした笑みに変化はない。逆に若い男の方は複雑な感情を隠せていないようだった。目の前の男の言葉が正しいのか、判断が難しいという事だろう。
実際、戦歌で高揚した死兵の突撃の危険度は、あの戦場だけでは正確に測れない。
他国を占領することで勢力を確保し、多くの戦闘奴隷を抱える王国が、倫理観を無視して戦場へと奴隷兵を派遣し、それを精神に影響する戦歌で恐怖心に蓋をさせての特攻。その脅威度は熟練の精兵とは違った意味で恐ろしい。
実際は、精神に異常をきたして無理な特攻を掛けるだけの飛んで火にいる夏の虫的な自殺兵に過ぎない可能性もあった。
戦歌の恐ろしさを体感した者でなければ、理解しがたいだろう。
俺は研究所時代に模擬戦をさせられる中、戦歌の被験者になった事もあり、あの感覚が研ぎ澄まされて周囲の全てを把握できる様な万能感を知っていた。
光速の銃弾を、自分に向けられる銃口を全て把握して避けられるだけの知覚。自分でやろうとすると複雑すぎで精神がねじ切れそうになるそれを、一部の意識を飛ばす事で実現してしまう戦歌は心底恐ろしい。
もちろん長時間の使用は様々な副作用をもたらすが、奴隷兵を使い捨てにするのであれば問題はなかったのだろう。あの局面を帝国旗艦の撃沈で終える公算は高かったと俺は判断している。
ただ戦歌について詳しく話す事はできない。あの研究所は共和圏にあったもので、あそこを襲撃したのが何者かも分かっていない。共和圏でも違法である死者の魂を扱う研究は、外部に漏れれば共和政府にとっても危険な代物。
極秘裏に潰そうと諜報員や特殊部隊に制圧させた可能性もあった。
なので教えられるのは、一方的に押し込まれる状況に陥ったので、それをリセットするために要塞砲を利用したという戦術までだ。
「旗艦の場所を把握した上で押し寄せる魔導騎士の群れ。それを防ぐのに味方艦が盾になるしかないような戦況です。押し返すには強烈な一手が必要でした」
「それが要塞砲を威力最小限で広範囲にばら撒く方法だったと。よく緊迫した場面でそんな判断ができましたなぁ」
「軍学校とはそういう場所で、特に魔術師クラスは万能性を求められるクラスだったんですよ」
「なるほど、なるほど」
少し強引な話の帰結だっただけに、目の前の男は納得していないが、そういう事にしておきましょうという雰囲気だ。
「戦艦内で捕縛され、そのまま辺境の刑務所で一年。機を見て脱出をしたと……捕まった原因についてはどう思いますか?」
「目障りになったんじゃないですかね。皇太子の帰還というセンセーショナルな一戦で、窮地を救った貴族でもない若造。それを上手く使えるか、逆に帝国を脅かす存在になるんじゃないかと」
ウルバーンに急に現れて、帝国にない知識で窮地を救った部分も不審に思われる原因なので、そこを話さずに信じて貰えるかは賭けではあったが、より帝国内部の力関係に関する情報を持っていたらしい目の前の男はすんなりと納得してくれた。
「確かに帝国内部の力学で、貴方の様な存在は有用しようというよりは、排除したがるでしょうな。すぐに処刑されなかったのが不思議なくらいですが……」
「色々と『調教』できないか、テストされてたみたいですね。生来の魔力量があったので、下手に抵抗できてしまったようですが」
実際は、俺の脳内にある知識を引っ張り出す拷問だったが、精神操作を受けそうだったと話をすり替えた。研究所に繋がる知識の話は避けたいからな。
「ほう、魔力量ですか……測らせてもらっても?」
「ええ、構いませんよ」
俺の力の源は、魔力量もさることながら、脳裏に刻まれた術式が占める割合が多い。しかし、表向きは魔力量とした方が都合が良いだろう。
「ほう、これは確かに大魔導師クラスですな」
テスターで計測された結果は、何億人かに1人というクラスの数値だろう。しかし、広大な宇宙で見たら毎年何人かは生まれている程度でもある。
ただ安易に殺して終わりにするよりも、何とか利用したいと思わせる数字でもあっただろう。これで1年生かされていた理由付けにはなったと思いたい。




