入国審査
「仕事か、観光か?」
「戦争……いや、観光です」
前世の記憶がよぎって、思わぬことを言いかけてしまう。国境の入国管理局の局員は、胡乱げな目で見てくるが、特に何も言わずに先へ進むことを促した。
国境星系へと跳躍するとすぐに通信が入った。帝国船籍の船がやってきたので、即応したのだろう。
下手に抵抗せずに最寄りの防衛基地へと誘導され、入国手続のために船を降ろされて現在にいたる。
入管から奥に入ると応接室で、試験管らしき軍服の男の前へと座らされる。ほどなくテッドとリリアも入ってきた。
「さてレンドリン殿、観光のための入国との事だが、真実ですか?」
「ええ。今後の商路拡大のための下見なので、厳密には仕事も含んでいますが、甥っ子達に外の世界を見せておこうというのが一番の理由です」
試験管は俺の隣に座る2人をちらりと見やり、俺へと視線を戻す。
「全く似ておりませんな」
「まあ、血の繋がりはないので」
「というと?」
「俺自身が養子でレンドリン家に入った身で、彼らはレンドリン家の子供です」
「ふむ、それではレンドリン家の保護者は?」
「妻は身重ですので、実家に残っています」
「妻ですか……妻帯者には見えませんが」
この身体はまだ17歳だからな。
「元々丁稚奉公していて、奥様に見初められました」
「ふむ」
俺は設定していた内容をスラスラと答える。魔術的な走査もずっと受けているが、魔力はほとんどないと偽装した結果を返していた。
「良いでしょう。滞在期間は3週間、それ以上は自動的に捕縛させる事となりますので、忘れる事の無いように」
「はい」
俺はテッド達を連れて格納庫へと向かう。やはり人間の勘までは誤魔化せないのか、帝国の証明書自体が胡散臭いのか、俺への警戒は続いている。
通路に仕掛けられているカメラやマイク、魔力測定機でずっと狙われていた。
「兄ちゃん、すげー緊張した」
「きんちょー」
「ま、外国だからね。俺も旦那様に連れられて来た時は、捕まるのかと思って緊張したさ」
兄妹には船に戻るまで演技を続ける事は言ってある。兄妹も思ったよりも演技の素質はあるようだ。まあ、妹は元々棒読み気味だが、不自然ではない。
当たり障りのない会話をしながら船へと戻ってきて、船内を魔力感知してみると、やはり盗聴の魔道具が仕込んであった。容量の大きくなるカメラはないみたいだ。
俺は口元に指を立てて2人に黙ってもらいつつ、擬似的な生活音声を盗聴器に聞かせる術式を発動した。
「よし、もういいぞ。ただそんなに長くはもたないけどな」
再生している音声がループしてると気づかれるまでの時間稼ぎ程度の代物だ。発覚するまでに追跡しづらい位置まで移動しておきたい。
盗聴器は発振器も兼ねているので、位置情報も拾われている。それを誤魔化すのはかなり面倒だ。
この手の通信機は、星系ごとにある中継点へと情報を送り、それによって滞在している星系も分かるという形。なので盗聴器から情報が飛ばない様にすれば、位置も追えなくなるが、その時点で追手が動き出す事になる。
転移で逃げても検知できるだろうし、無人星系であっても発見されている星系ならば、その手の中継機は設置されている。
どこかで盗聴器の通信を切る必要はあるが、その先を考えてからでないと、ずっと共和軍に追われる羽目になり、研究所の探索などはできなくなってしまう。
「簡単なのは船を手放す事なんだろうけど、帝国産の50年落ち。買い手はつくだろうが、根掘り葉掘り聞かれた上で、買い叩かれる可能性が高い」
「するとどうなるんだ?」
「新しい船を買えなくなるって事さ。売った星系から出られなくなるし、足がつけばやっぱり軍が訪ねてくる事になるだろう」
「じゃあ、どうするの?」
盗聴器自体を宇宙に捨てて、距離を稼ぐのが分かりやすい手だろう。問題は取り外そうとした時点で、何らかの警報が出たりする可能性もあるので、慎重に進める必要はある。
「まずは観光しながら目的地に近づいていく。旅行を楽しめばいいさ」
「オレ、何か食いたい!」
「食いたい!」
「ひとまずこの星系の居住惑星に行くか」
国境星系の第2惑星が、テラフォーミングされた居住惑星となっていた。ただ惑星へと降りるのは色々と検査を受けないといけないので、衛星軌道上にあるステーションで過ごす事にした。
「うおおぉ」
テッドがその町並みに声を上げる。ウルバーンの中層なんかよりもっと未来的な作りの町並みだ。床も空も人工物で、ガラス張りの窓からは宇宙も見える。地上の町とは全く違っていた。
「問題は通貨だな」
脱走犯の俺は帝国通貨もまともに持っていない。船の端末に残っていた金もそれほど多くなかった。通貨なんかは諜報員自身が持ち歩いている情報端末で管理していたのだろう。
そして船内に残っていた品で簡単に換金できそうな物も少ない。帝国産の品って事で稀少性はあるが、性能的に優れた物でもない。日用品などについては、共和圏の方が充実していた。
工作用魔道具で作れる範囲の物は市場の方が単価も安く生産できるので、買い取ってもらえない。
前世で言うなら3Dプリンターで作った物だと、何らかの付加価値でもなければ売り物にならないという感覚だな。
帝国オリジナルの娯楽作品のプリントとか、多少は目新しさはあるかも知れないが、土産物レベルの目新しさで、好事家でもなければ価値を見出してくれないだろう。もちろん、そんなツテなどない。
「オールセンが作った魔道具なんかなら、こっちでも売れるんだろうけどなぁ」
俺が手を加えた程度の魔道具では付加価値を付けられなかった。
「食事するくらいの手持ちはあるけど、本格的に行動するには少し稼ぐ必要があるな」
「メシ食いながら考えようぜ」
「考えようぜ」
「リリア、何か幼児退行してないか?」
兄について輪唱する癖が戻っている。もっと落ち着いた雰囲気に育ってたと思うんだが。
「色々とあったから」
「その辺の話も詳しく聞いていかなきゃとはおもうんだが、今はどうする事もできないから、すまんな」
「ううん、大丈夫」
「オレ達を連れ出してくれただけで十分だよ」
俺がウルバーンをどうこうするってのは、現状では不可能だ。しかし、俺を拷問した連中に復讐しようと考えた時、個人的に弑するだけじゃ満足したくないんだよな。
公爵邸に潜入して暗殺とかした所で、俺は帝国にとって犯罪者のまま。ケルンを失ったルーデリッヒ伯に許してもらうのは無理だと思うが、オールセンをはじめとした旧友に会うこともままならない。
会った事で彼らを窮地に追いやる可能性もあるからな。
だとすれば帝国首脳陣に非を認めさせる必要がある。実際、皇帝が変わってから圧政が始まってるとなれば、それに助力してひっくり返すというのも悪くない。
かつてウルバーンでやった事を帝国規模で進めるというのも面白そうだ。
「ま、いずれウルバーンには戻るつもりだが、先にやる事をやってからだな」
研究所のあった座標に行って、少しでも霊を定着させる方法を探りたい。そのためには少し資金を稼がないとな。
「まずは腹ごしらえだ」
「「やったー」」
共和圏の料理は、変に辛さを追求していない、普通の洋食といった物が多い。兄妹達も普通に食べられる。
俺はパスタのボロネーゼ。テッドはハンバーグで、リリアはオムライスを食べた。そこまで美味しいって訳でもないが、何だが懐かしく感じる。
兄妹は美味しい美味しいとがっついていた。ウルバーンの食事情が垣間見える。
帝国ほど偏ってないから、前世の料理知識を即座に金に変えるのは難しそうだった。
入国のイメージは「二課の一番長い日」がよぎりましたとさ。




