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国境突破

 密航船の機能で試せそうな物が見当たらなかったので、後は俺自身の持つ術式を使うしかない。術式の威力は距離によって減衰するので、個人の術式で戦闘機を攻撃するなんて無理だ。

 宇宙空間での減衰が少ない光術式にしたって、防御結界があるので有効打は与えられない。


 そう考えれば、相手から見ようとしてくる所に映像で術式を発動させる呪歌映像は、低コストハイパフォーマンスな攻撃だった。

 初見殺しな技なので、対策が容易だ。人間の視覚に作用して、体内に術式を組み込むというシステムは、視覚からの情報に依存するので、映像にフィルターを掛けるだけで対処できてしまう。

 先の戦争で対処法を伝えてしまっているので、これを利用するのは難しい。


 幻影で誤魔化すのも常套手段だけに、戦闘機などのレーダーは質量を検知する重力レーダーが主流だ。

 なら土の術式で擬似的な質量を生み出せば誤魔化せるのかというと、そんなに簡単ではない。魔力感知も並行して走査するので、土の術式で作った囮と様々な術式が発動している宇宙船とでは見え方が全く異なる。

 帝国本星を脱出する際に囮が使えたのは、あくまでブースターに幻影を被せた結果だった。


「なのでこの手は没と」


 小刻みに進路を修正して、戦闘機からの光術式による攻撃を避けつつアイデアを練っていく。

 光術式の基本はレーザーだ。光の波長に熱エネルギーが付随していて、高熱で焼く。

 熱なら火の魔力かというと、そうではないらしい。火はどちらかというと燃焼、燃やす、酸化の属性らしい。

 熱操作という意味では水の魔力で、氷を作れるので水属性の方が直接的に関与できるかもしれなかった。


 結局のところ、魔法技術を完全に科学に置き換えようとしても、どこかで齟齬が出るというのが、軍学校で実験した結果だった。


 それを踏まえて下手に科学知識に依らず、光の術式として対策を考える必要がある。その基本は、太陽(恒星)の光だ。浴びると熱があり、集めると火を起こせるくらい熱量が上がる。

 そして視覚。目が見えるというのも光の力として考えられていた。なので幻影を見せたりというのも光の術式に属する。

 他には植物の成長を促進させたりといった効果などもよく使用される力だな。

 それが転じてか治療術式や身体強化などでも光魔力を利用できた。


 攻撃に使われる光術式の特徴は、その速度。まさに光速で当たる。その反面、干渉を受けやすい。鏡に反射したり、レンズで歪められたりだな。

 なので光術式には、対反射の術式が込められている事が多く、鏡でも全反射せずに熱を与える様な反応を示す。


 さっき撒いた光学チャフは、そうした対反射術式にも対応していて、熱に変換される事で威力を減じる事ができた。


「という事で、光術式は曲げて逃がす」


 俺は機体後部の空間に、水の魔力を使った氷レンズを形成する案を採用することにした。既に加速区間は終わって慣性航行中、メインスラスターも止まっている。なので、その少し後ろへと氷塊を出現させる事にした。

 術式の発動はイメージによって自由度はある。本来は氷の塊を出現させて、相手にぶつけたりする氷の術式で、氷の透明度を上げつつ表面を湾曲させ、光が屈折するだけの歪みを付ける。


 光術式が当たると、屈折させられながらも熱変換は行われるが、熱伝導物質が周囲にない宇宙では、氷塊全体へと伝わっていく。なので一部が溶けたとしても、また固まっていくだろう。

 まあ、出力が高い術式を受けたら、一瞬で蒸発するんだろうけど。戦闘機に搭載されているレベルなら、ずっと当てられ続けなければ問題はない。


 本来のドッグファイト、機動戦だと氷塊なんて慣性で吹っ飛んでいくんだろうが、今の逃げてるだけの状況なら何とか盾になってくれるだろう。

 まだ命中弾はない状況なので、保険と考えれば十分だ。




 そうして安全性を高めながら星系外へと進み、転移先を解析できる検知エリア外へと出た所で転移を行う。戦闘機にも検知装置はあるはずだが、転移術式は使えないはず。戦闘機はあくまで母船から離れた運用には向かない。通常空間での加減速を重視した機体だ。

 データを持ち帰って解析して、追って来た時には、もうそこに俺達のいた痕跡は消えているだろう。


「何とか逃げ切ったな」

「兄ちゃん、それフラグじゃね?」

「あの星にそんなフラグとか理解できる様な娯楽があったのか」

「おっちゃんに見せてもらった」


 あの情報屋には、中層にアクセスする権限を渡していたから、そこから各種エンタメを引っ張ってきていたのかね。

 それはさておき、フラグとか言われたら気になるじゃないか。改めてレーダーを確認してみるが、どこからも跳んでくる機影はない。


 国境星系から2回跳躍した無人星系で、光の魔力を補充する。ここはまだ共和圏ではなく緩衝地帯と言うやつだ。

 帝国の国境星系がそうであった様に、共和圏の国境星系もその星系を通らないと事故が起こりやすい繋ぎの場所にある。


 その間にある星系は誰の支配下でもないが、支配しようとすると、帝国からも共和圏からも敵視されて開発できない星系となっていた。

 それ故に集まる人間もいるにはいるが、満足に補給もできないので、海賊連中としては一時の隠れ家とはしても、拠点には向かないという場所だった。


「こっからは共和圏の国境星系へと進み、そこから辺境星系の一つが目的地だ」

「また追いかけっこするのか?」

「そうはならない予定……なんだけどな」


 帝国と共和圏では航路申請のフォーマットが違うし、詳細資料を提出した所でその確認に帝国へと問い合わせるなんて手間は割かない。

 必要なのは帝国公認の渡航証明書で、それは帝国公認の密航船にはしっかりと積まれていた。


 帝国と共和圏は明確な思想の違う相容れない国家ではあるが、国交が全くないという訳でもない。米国と中国ほどではないが、経済的な繋がりはあったし、人の行き来もないことはない。

 難癖つけて逮捕される危惧はつきまとうかもしれないが。


 そんな両国間で行き来できる船というのは、それなりに信用があり、下手に手を出すと国家間の問題に発展する危険をはらんでいる。

 証明書が本物である以上、帝国の権力を借りる事はできるのだ……指名手配犯だけど。


「俺達が乗ってる船の権利をまるっと破棄されてたらダメだが……逆にそうなったとすると、亡命者として受け入れられる可能性もあるのか?」


 ただ俺の目的を考えたら、身柄を確保されるのは避けたい。単なる渡航者として処理されるのが一番スムーズに事が進むだろう。


「この船には戦闘力がないからな」


 捕縛されそうになったら、大人しく捕まるしかない。俺だけならその後に脱出する手もなくはない。兄妹達はしばらく預けざるを得ないが、生きていれば救出も考えよう。


「ま、いきなり撃たれて蒸発って事だけはないはずなんだよ」

「よくわかんねーけど、心配いらないってのはわかった」

「そこまで安心でもないんだが……」


 ネガティブな事を考えすぎても仕方ないが、テッドの楽観的な見方もどうかとは思う。

 ウルバーンは結構酷い惑星だったが、情報屋の側で良いポジションを確保していたので、何とかなるって精神が染み付いているのかもしれない。


 ただテッドが知っているのは極々狭い範囲の話。気をつけていたつもりの俺も、簡単な罠で捕らえられて1年も囚われていたからな。

 危機感を教えていかねばならないだろう。


 とはいえ、共和圏への入国はすんなりいって欲しいものである。

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