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国境星系へ

「で、兄ちゃん。どこへ行くんだ?」


 テッドが人心地ついたのか、今更な質問を投げてきた。


「俺は共和圏へ向かう予定だ」

「帝国に指名手配されてっから?」

「いや、俺が元々共和圏生まれだから……だ」

「ふーん」


 俺が共和圏へ戻るのは生まれ故郷だからではないが、テッドにとってはあまり興味はなかったようで気のない返事だ。

 実際、あの技術レベルを制限されて、帝国内の情報すらまともに届かない下層で生まれ育ったテッドにとって、共和圏と言っても何も分からないのだろう。


「オレさ、おっちゃんの助手として、色々べんきょーしてたんだせ。兄ちゃんを手伝えるよ」

「あのおっさん自体、宇宙に関しては大した知識はなかったがな」


 情報屋のおっさんは下層の情報、ベルゴの動向なんかでも抜けがあった印象だ。元中層の住人を親に持ってた分、多少は魔道具なんかの知識を持ってて、スタルク内では知識担当だったというだけで、博識と言えるレベルではなかった。

 あの星で軽トラや旧型開拓船に触ってるというのは、かなりの情報を持ってると言えるが、オールセンの知識や技術とは比較にならない児戯に等しいものだからな。


 その助手をしてた程度では、ほとんど自動操縦オートパイロットの飛翔艇の操縦すら任せられない。


「ま、一つずつ勉強していく気があるなら、その辺の情報端末からだな」

「わ、わかったぜ」

「うん」

「そうだな……食堂の調理用魔道具で辛くない料理を作れるようになるのが最初の課題にしようか」


 この兄妹には食い意地で釣るのが一番だろうとそう提案した。素材を無尽蔵に使われたら困るので、実際の作成は行わせず、設定方法を覚えてもらう形だ。

 そうやって兄妹のやる事を決めた後は、自分がやるべき事に時間を費やす。


 共和圏にあった研究所の座標調査だ。大体の場所は分かっているが、宇宙での座標のズレは致命傷。何も無い場所に跳ぶ危険を考えると、調べられるだけ調べておきたい。

 航行術を習った時の要領で、恒星の位置を確認し、実際の座標へと変換。密航船の情報端末へ入力してやる。


「多分、この辺であってるとは思うが……」


 この密航船なら恒星から離れた場所に出たとしても、再度跳躍できるのでそのまま棺桶と化すことはない。

 それよりも大事になるのは、国境付近を突破する時だな。国境に位置する星系で無許可の転移を行えば、目を付けられるのは確実。

 かといってそこを避けて大きく跳躍しようとすると、転移事故を起こしやすいため、国境とされる位置にある。

 安全を考えれば、国境星系を経由せざるを得ない。


 最も単純な方法は、連続跳躍だ。

 密航船は2度、3度と連続跳躍が可能な機能を持っている。しかし、それは国境を警備する部隊も同様であり、密航船は50年前の船体。

 より高性能な機体が配備されている可能性は十二分にある。


 跳躍の痕跡を消すことはできず、一定時間残り続け、それを解析する事で跳躍先を割り出すことができる。

 2度、3度と跳躍してもその先の座標が分かった所で、国境星系へと伝えてそここら跳躍先へ直接跳ぶという方法もある。

 基本的に跳躍で行方をくらますのは無理だった。それこそジャマー内で自分でもどこに跳ぶか分からない跳躍を試みるくらいしか……。


「とはいえ安全性は皆無だからな」


 連続跳躍できる分、脱出艇よりはマシだが、恒星の重力圏に出れば、そのまま引き込まれて蒸発する可能性もある。

 小惑星の中とか、ブラックホールの側とか、惨劇の可能性は多々あるのだ。

 折角船を手に入れて、アイネと再会できる可能性が高まってきた所で、そんな冒険をする気はなかった。


「となると、取れる手は限られてくる訳だが……」


 無理な跳躍は行わずに、追撃を避けて国境を越える。その計画を立てていく。




 国境である星系へと転移が完了した。自動メッセージで航路の提出を求める文言が送られてくる。それに対して定型文を埋めた計画書を提出した。

 もちろん、内容はデタラメだ。ただ提出情報の真偽を確かめるのに多少の時間は掛かる。その間に距離を稼ぐ事にした。


 俺が取った方法は、星系外縁部に転移した後、恒星から離れる方向へと最大加速を行う事だ。空間転移は一定時間の痕跡が残る。それを検知できるエリアを外れた場所で転移を行うことで、痕跡を辿れないようにしようという方法だった。

 密航船はステルス性能が高く、逃げ足も早めの船。それで初期加速の時間を稼げは、かなりの距離を稼ぐことができる。


さすがは帝国公認の密航船で、国境警備の情報が揃っていて、どの位置に基地があり、検知エリアがどこまで及ぶのかが判断できた。

 最大加速は重力を相殺できる限界を越える加速となるので、シートへと身体が押し付けられる。まだ幼い兄妹では耐えきれないので、身体強化を施してあった。

 それでも苦しさはあるので、うめき声は抑えきれていない。


「少し我慢してろよ」


 返事をする余裕もない様子。かくいう俺もシートへ埋もれる様な感覚に耐えていた。


 密航船のシールドで耐えられる最高速が見えてきたので、加速を緩めていくとようやく重圧から解放される。


「まだ座ってろよ。追手が来たら高機動戦になるかもだからな」

「わ、わかったよ」


 俺の急加速に反応して管制基地ではスクランブルが発動していた。4機で編成された戦闘機が加速を始めている。加速具合はこの船より速いが、開いた距離を埋めるには時間が必要だ。それまでに転移先を検知できないエリアへ出れば、俺の勝ち。


「っと、撃って来るか」


 光術式は、光速で飛来する。いくら加速していても、攻撃は追いついてきた。遠距離の攻撃程度なら、普通は防御結界で防げる。

 しかし、前方に最高加速する状況では、防御結界を前面に集中する必要があり、後方の守りはどうしても弱くせざるを得ない。


 なので別に防御手段を展開した。銀色の破片を後方にバラマキ、乱反射させて威力を減じる光学チャフを散布。術式の光は鏡で完全に防げる訳では無いが、後は防御結界で致命傷は避ける。

 超高速飛行中では急な進路修正はできないので、僅かに進路をブレさせる程度で何とか逃げ切ろうとした。


 まだかなりの距離があるのと、超高速では僅かなブレでもかなりズレを生むことができるので、何とか回避を続ける。


「に、兄ちゃん、反撃は!?」

「この船にそんなものは期待するな」

「でも近づいてきてるよ」

「わかってる」


 元々戦闘目的ではない船、後方への攻撃手段などない。前方への脱出しか考えられていない作りだ。なので、追いつかれたら負け。

 それは兄妹も分かっているのか、モニターに映された敵の姿に焦りを見せていた。


 追いつかれる前に転移はできそうだが、後ろから一方的に攻撃を受け続けている状況は何とかしたい。

 先程はチャフを撒いて散らす事に成功したが、その地点からはかなり離れてしまっているし、何度も撒けるほど在庫はない。


「あと一手、何かしておきたいな」


 迫ってきているとはいえ、まだまだ距離はある。ただ光速の弾を避け続けるというのは、難しい。避けるというよりは、狙われないように動くって感じだけど。

 こちらはランダムで移動しているつもりだが、長年パイロットをやってる人には、何らかの法則性やら勘といったもので当てられる危険は、時間と共に増していく。

 僅かな時間でも稼いで、安全を確保したかった。


「まずはコレで」


 もう何番煎じかも分からないが、亡国の姫の呪歌を映像で流す。しかし、攻撃の手がゆるまないところを見るに、対策は済んでいるようだ。

 続けて帝国の通信に割り込む形で、牢獄で流した新曲……まあ、研究所時代に聞いた呪歌だから、実際は古い歌……を流していく。


「やっぱダメね」


 インカムで耳を塞いで、直接音を聴かない工夫をしているのだろう。

 あと試せるとなると……。

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