テッドとリリア
飛翔艇は反重力で浮上して、オートパイロットで密航船へと向かっていく。俺はレーダーで近づいてくる船影がないかを確認しつつ、子供達に呼びかけた。
「時間がなかったから乗せたが、俺自身か゚帝国から追われる身だ。命の保証はないからな」
「ああ、分かってるぜ。その辺はおっちゃんから聞いてるし」
色々と抜けてる情報が多かったおっさんだったが、帝国の情勢は把握できているらしい。中層エリアの情報へのアクセス権など、あの時持ってた物は渡しておいたので、その辺を活用しているのかもしれない。
子供達、兄がテッドで妹がリリアと言い、俺がいなくなった後も情報屋の下で行動を共にしていたらしい。
テッドが14歳でリリアは11歳との事だ。俺がいた頃は、7歳と4歳か。無事に成長できてなによりだ。
スタルクは拠点を郊外の廃坑へと移したものの負傷者なども多く、規模が縮小。ベルゴと協定を結ぶ形で、半ば吸収された。ただベルゴの方も幹部クラスが中層の戦闘員の攻撃で数を減らし、ゲニスケフが幹部として下層の管理を任されている。
ベルゴの残った幹部は中層へと移り、大きな反乱を起こす前に下層の不満を晴らす方向で、全体的に援助する事で話を進めていた。
モルン達、スタルクの面々はそのままスタルクの名を掲げつつ、不足しがちな食料を郊外で栽培しているらしい。俺が廃坑で作っていた畑を継承していたのもその一環だ。
俺が残した工作用魔道具で農具などを作って、本格的に農業をやってるとの事。
そうやって下層の生活水準が上向いてきた頃、帝国の情勢が変わった。一年前の王国侵攻と皇帝の交代だ。
小競り合いを続けていた対王国政策だが、それで調子に乗った王国の侵攻を許した今、もはや放置はできないと王国への逆侵攻を計画し始めている。
そのために各領地から各種資源をより集めろとの上意が下され、ウルバーンの領主も本格的に下層までの支配を強め、鉱山の開発を進めさせる事になっている。
魔道具が進化しているので、中世の強制労働的な鉱山開発よりはマシだが、装備が十分に行き渡るほどでもないので、やはり落盤などの事故で負傷者が出ているようだ。
「だからおっちゃん達も抗議してるんだけど、領主様も上からの命令でどうしようもないらしくて……」
ウルバーン星系の領主も男爵位の代官だっただろうか。替えのきく存在だけに、上からの命令を何とかこなすしかないのだろう。
王国の侵攻で一時的に流通網が麻痺して、本星が占領される過程で壊された物なんかを復興しなければならないはずだが、そこに輪をかけて侵攻準備となれば、しわ寄せは下々を苦しめるんだろう。
「このままじゃ、もっと悪くなっていくから、ユーゴ兄について行くほうがいいって」
鉱山開発のために色々と魔道具が配られる中、技術水準は多少マシになっているものの、その分行動の自由がなくなって不満が募っている。
そのストレス発散が、より弱い者に向けられるのも自然な流れで、スタルクなどが抑えるのも限界があるようだ。
「俺といたら虐待なんかの心配はないが、宇宙船ごと蒸発させられる可能性はあるんだがな」
「兄ちゃんの美味いメシが食えるなら本望だぜ」
「本望です」
幼心に餌付けされたのが未だに残っているらしい。本当にそこに命を掛けているかは分からないが、やはりウルバーンでの生活は厳しいようだ。
「領主軍の動きはないか」
かつては開拓船を囮に惑星外へと逃げる者を許さなかった領主だが、俺達が飛翔艇で成層圏を抜けても動き出す気配がなかった。
母船ほどではないが、この飛翔艇もそれなりにステルス性能を持っているとはいえ、軍のレーダーには掛かるはずなんだがな。
もう惑星外への逃亡者を気にかけている余裕もないということか。
俺達はさしたる妨害もなく密航船へとたどり着く。個室が6人分あるので、兄妹に1つずつ割り振る。私物もほとんどない状況なので、工作用魔道具で日用品を生産しておく。
「兄ちゃんメシ!」
「メシ!」
かつての兄妹を思わせるノリを見せるが、俺は料理を作っている余裕はないので、ひとまずは食堂の魔道具で簡単なピザっぽいものを作っておく。
食堂のテーブルに張り付く兄妹を残して、俺はコックピットで引き上げてきたデータの解析を進めた。
やはり共和圏と帝国ではデータフォーマットが違うらしく、変換を行わないと読み込めないようだ。
なので一度天球図の術式に読み込んで、それを密航船の情報端末へと流し込む事にした。
「とはいえ、共和圏の星図はないからなぁ」
恒星の位置を記した銀河系の地図である星図の中から、目的の座標を見つけようとすると、その場所から見える星の位置を検索して一致させる必要がある。
膨大な星の位置すべてを一致するかで検索するのは無駄なので、まずは銀河の中心の方向を定め、特徴のある恒星……例えば、双子星だったり色味が違ったり……が、どこに見えるかなどで絞り込んでいく。
データを揃えられたら、後は情報端末に任せておくのが吉である。
「どっちにしろ、共和圏との国境を目指すのは間違いない」
ウルバーンに降りている間に光の魔力はチャージしており、いつでも跳べる状態だ。早めに有人星系からは離脱しておくべきだろう。
「という事で転移っと」
空間転移自体は2点間を強制的に繋げる術式なので、特に振動がある訳でもない。たまに磁場というか魔力場が変わる事で、乗り物酔いに近い症状が出る場合があるが、しばらく安静にしていれば治る程度のもの。
特に兄妹に知らせる事なく跳んだ。
跳躍が無事に完了し、恒星からの光の魔力を補充するセッティングを行ってから、俺は食堂へと戻る。
兄妹は大人しく出来上がったピザを食べていた。一口食べる毎に水を飲んでいるのは、スパイスが効いた帝国料理に慣れていないからだろう。
「すまんな、まだ味をいじってないから、帝国のデフォ仕様なんだ」
「か、辛いけど、美味しいよっ」
「美味しい……辛い……美味しい」
涙目になりながらもピザに齧り付いているのは、ウルバーンでの食事が味気なかったからか。
子供達にウルバーンでの生活を聞いてみると、中層から提供されるのはカロリーバーのみで、栄養分は足りているものの味気ない食事になっているらしい。
自前でおかずを増やそうと畑を作っているのだが、鉱山での労働を課せられているのでそれほど広くは耕せず、収穫量も少ないんだとか。
「兄ちゃんの作ってくれたスープとか美味かったからさ」
「皆、頑張ってたんだけど……」
疲労の蓄積で料理もままならなくなっていたと。
数を揃えて勝てるものじゃないとも思うが、数が必要というのも事実。相手に攻め込もうとお思えば、臣民への負担は大きくなる。
しかし、急激な負荷を掛けすぎれば、足元から崩れるもんだけどな。
「俺が復讐する前になくなってるかもな、帝国」
呪歌を使っていた亡国の姫の前世を持つ少女は、自分が指揮していれば負けなかったと自負していたからな。帝国本星を奪還されて諦めるとも思えない。第2、第3の侵攻計画を練っていてもおかしくはなかった。
そういう意味では帝国が戦力を増強させるのは悪い事ではないのだが、王国の戦力を全く把握できていなかった帝国が、果たして反撃に打って出る事ができるのやら。
「いつの世も情報戦略が最も重要なんだが、物理的な戦果が上がらないと納得しなかったりするんだよな」
ま、今は帝国よりも己の目的を達成する事に重点を置こう。