開拓船へ
情報屋が用意したのは軽トラックだ。もちろん、ガソリンではなく魔力で走る。この手の乗り物は、あらかじめ魔力をタンクに貯めておいて、それを使って動くのが主流だ。
魔力を込めるのは基本的に人力。寝る前にタンクに魔力を注いで貯めておき、それを使うのだが軽トラックといえど乗り物を動かすには、この辺の住人なら一人では厳しい。
何人かでタンクを満たしたのだろう。
「それじゃ、いくぞ」
運転席に情報屋、助手席に乗り込むと車は発進する。郊外へ向けて走り出し、砂漠のある方へと進んでいく。
街中は舗装されているが、外へと向かうとすぐに道が悪くなる。安物のサスペンションでは、かなり車体が跳ねた。
「いたっ」
「うひー、おちるー」
すると荷台の方から声が聞こえた。
「客人がいるみたいだけど?」
「……馬鹿どもが」
車を止めた情報屋が荷台から2人の子供を連れてきた。昨日の炊き出しでも見かけた奴らだな。
「兄ちゃん、美味いもの食いに行くんだろ」
「行くんだろー」
「仕事だ、仕事」
情報屋は面倒くさそうに答える。男の子は7歳くらいで、妹が5歳ってところか。好奇心旺盛な兄とずっとついて回る妹って感じだな。
「すまねぇな。こいつらすぐに潜り込みやがる」
「あんた、そんなナリして子供好きなんだな」
「まあ、ガキは未来への希望だからな」
「きぼー」
情報屋のおっさんは、まともな思考回路を持っているようで、実はロマンチストではないかと思わされる。
両親が中層からの転落組で下層に落ちてから一世代目というのもあるのか、中層での暮らしにある程度予想ができ、それが誰かの手のひらの上に過ぎないという考えを持っている。
それが中途半端に自由な下層の生活で、堅苦しく感じる部分が大きいのだろう。なので宇宙への憧れが強く、そこへ未来ある子供を送り出すのが自分の使命であるかのように思い込んでいる。
実際、今の子供達は3世代目くらいになるのか。中層がどういう所かはわからず、ただ下町よりキレイな所で、優雅に暮らしている様に見える。少なくとも飢えに苦しむ事はなさそうに思えてるだろう。
子供達の生活は、基本的にゴミ拾いだ。中層のゴミ捨て場から、まだ使えそうな物を探してくる。ただのガラクタがほとんどだが、中には保存食の類もあったり、ライトなどの簡単な魔道具だったりがある。それを自由に使える環境に憧れているだろう。
なので中層で暮らせる様になるなら、無理に危険な宇宙へ行きたいと思うのは少ないんじゃないだろうか。
本人の意思確認を連れ出す条件にしたので、集まらない方に俺は賭けていた。
ただそれは中層を解放するのが条件になる。下町の生活が続くとなれば、危険な宇宙へ出るのがマシと考える子供が出てもおかしくはない。
そのためにはスタルクの連中を戦えるようにして、中層を奪い取れる環境を整える必要がある。
帝国本土と繋がっている上層は、定期的に中層と下層が入れ替わるのを黙認しているらしい。中層はそんな上層部を頼ってるので、ある程度の武力があればひっくり返せるというのが、スタルク幹部の考え。
でもその武力がどれくらいなのかまでは分かっていない。
中層には警察機構があり、下町からの侵入者は容赦なく捕らえているとのことだ。治安維持というのは、下町住人を中層に入れないことで保っている。
その装備は簡易だがしっかりと使える銃器や触れたものにショックを与えて無力化するスタンロッド。それにある程度の防御力を持つプロテクターが標準装備で、無手の下層民相手なら数人がかりでも余裕で制圧できるらしい。
中層民は魔道具生活に慣れていて体力がないとの事だったが、流石に警察官はそれなりの鍛錬をしているはず。後は数次第だが、基本的に中層への侵入ゲートは4箇所で、そこを守れば大半は阻止できる状況なので、そこまで多くはない……との読み。
結局のところ、中層への侵入はかなり厳密に取り締まられていて、中の様子をしっかりとは探れていないのが現状らしい。
「希望的観測が多過ぎるな」
下層民が革命を実行するには、かなりのハードルが待ち受けている。それなのにベルゴとスタルクという2つの組織に分かれている時点で、スタート地点にも到達してない印象だ。
「まずは下層組織の統合から始めるべきだな」
今後のスタルク強化計画を練っているうちに、砂漠に入って少しした場所へとたどり着く。目印になりそうなのは、砂から少し飛び出している岩くらいで、そういうものは視界の中でもいくつか見られる。
「ここ……なのか?」
「おう、コイツに反応が出る」
情報屋は手のひらに方位磁石のような魔道具を持っていた。目的の物と対になる魔道具で、それのある方向と距離を知らせてくれるという奴だな。
開拓船など未知の星系を旅する者にとって、母船の場所は死に直結する情報。見失わないようにこうしたナビゲーターを用意するのは常識だ。
「待ってな。入口を開ける」
情報屋は砂から飛び出した岩の側にしゃがみ込むと、何やら操作を行う。すると砂の一部が盛り上がり、地下への道が口を開ける。
「うぉーすげー」
「すげー」
兄妹が興奮の声を上げる。
「砂が入るからさっさと入れ」
通路の中へと入れば、薄暗かった通路に明かりが灯っていく。この船の魔力は太陽電池みたいな物で補充しているようだな。
チャージに時間は掛かるが人がいなくても補給できるので、こうした場所に放置するには適している。
情報屋の先導でまずはコックピットへと入った。開拓船ということで乗員の数はそれなりに多かったのだろう、メインパイロットとコパイロットの座席の他に、レーダー官や火器管制官、更に機長席などもあり、コックピットというより艦橋に近い雰囲気だった。
「何人乗りの船なんだ?」
「開拓する惑星調査の人員を運ぶための船みたいだからな。30人くらい乗ってたみたいだな」
「この星を見つけた船だとしたら、それこそ博物館行きの代物だと思うんだが、何でこんな所に?」
「当時はフロンティア時代とか言われて、帝国国内の貴族達が我先にと惑星の発見を競ってたそうだ。なのでこの星を居住可能にしたのは、別の船で、この船は出遅れ組だったみたいだな」
この船の情報端末には当時の航海記録が残っていた。競争というのも単に早さを競うと言うよりは、他人の功績を盗もうとする輩も出ていて、この船も被弾して墜落したらしい。
「おいおい、船体へのダメージは大丈夫なのか?」
「そっちは自動的に修復されてたみたいだな。ワシがこの船を見つけた時には問題なかった」
「じゃあ、この船で修理が必要というのは?」
「機関部周りだな。墜落の時に色々と出力を絞り出しで回路が焼ききれてる」
墜落となればシールド展開やら減速やらで出力はいくらあっても足りなかっただろう。それを絞り出すために無理をしたとなれば、機関部が焼き付いても仕方ないか。
地球科学の機関部では、燃料を燃やして熱エネルギーを作り、それを回転運動に変換して使ったり、そこから更に電気エネルギーに変換したりして使っている。
燃料を多く使えば、より大きなエネルギーを生み出せるが、熱量が高くなったり、回転が速くなりすぎたりすれば、耐久性の上限を越えてオーバーヒートしたりして、機関部が壊れる。
この世界の魔法科学で言えば、魔力タンクに蓄えられている魔力を、用途に応じた魔法陣に流し込むのだが、用途ごとに魔力を変換して効率を高めて使っている。その変換用魔法陣に、本来の許容量を越える魔力を注いでしまう事で、魔法陣自体が自壊をはじめて、焼き付いてしまったりする。
また術式用魔法陣そのものも過剰な魔力を注がれれば、焼ききれる事もあるようだ。
後はそもそも魔法陣を刻んだ基盤そのものが、墜落の衝撃で破損しているパターンもあるだろう。
装甲などについては、自動修復が可能だが、魔法陣には自動修復が効かない。修復する際に使用する魔力が、修理する魔法陣にも流れ込む事で勝手に起動したり、ショートしてしまうからだ。
なので、修復には他で制作した魔法陣を差し替える必要がある。
それが俺が持っている作成用魔道具に期待されているという理由だ。