転生先がマッドな研究所でした
かなりの見切り発車
ストックもないまま始めてみます……
俺は目覚めると赤子になっていた。前世の記憶を持ったまま……いわゆる異世界転生というヤツだ。
そんな事を認識していた俺を覗き込む二人の影があった。ぼんやりとした視界の中で確認できたのは、一人は金髪の女性で、もう一人は白髪の男性という事。
「ふむ。定着は成功のようだな」
「そうですね。ただ思ったより、数値は出てませんね」
「要経過観察……か。アイネ、世話を頼む」
「はい」
何やら手にした板を操作していた女性の声に、男性はがっかりしたようにしつつ、脇へと声をかける。
二人と入れ替わり目の前へとやってきたのは、薄紫の髪をした女性。声の感じから二人より若そうだ。
黒と白を基調とした服を着ているらしい。
手にした布で俺の体を拭ってくれる。まだ自由に動かない手足を摘みながら、隅々まで。俺は生まれたばかりで濡れていた。
ただ目の前にいた金髪女性が産んだとは思えない。今、世話をしてくれている若い女性でもないだろう。
そう考えたとき、答えが脳裏に浮かぶ。俺は今、人工子宮から取り出されたばかりだということに。
俺が濡れていたのは、培養液に浸かっていたからだ。
そして俺が前世の記憶を持っている理由も分かる。人工子宮で育成している胎児に、魂を憑依させたからだ。
魂?
憑依?
突拍子もない言葉がすんなりと飲み込めるのは、この世界の知識もまた与えられていたから。
この世界は魔法科学が進歩した世界だった。
錬金術が発展し、ホムンクルスの技術を利用して新たな生命を誕生させ、そこへ魂を召喚し、自我のない胎児へと植え付ける。
その際にこの世界の基礎知識も植えられていた。おかげで目の前に居た魔導士達の言葉も理解できたのだ。
そう、彼らは俺の両親とは言い難い。確かにホムンクルスを作成する上で、精子や卵子を提供したのは彼らかもしれないが、それは実験動物を生み出す様な感覚なのだ。
彼らの研究は人類の進歩。そのために既に経験を持つ魂を、新たな生命に宿す事で、さらなる経験を積ませて、進化した人類を作り出そうとしている。
ただその植え付ける魂というのが、どこから来るのかを深く考えていなかったようだ。死霊を操るネクロマンサーの技術を使って、霊を胎児に憑依させるとか、かなり無茶苦茶な術式。
アンデッドの意識のまま生まれた赤子は、見境なく襲いかかる獣と化し、原始的な人類の魂では魔法の知識がないので進歩がない。
そう俺のように。
21世紀の日本で生活していた俺には、この世界で使用されている魔法科学の知識などないのだ。魔力と言われても、それを操る術を知らない。
魂自体に魔力がないので、測定値で上積みされる事がなく、新たに憑依させた付加価値がない。
ただそれでも成人した記憶がある分、学ぶという意味を知っていて、成長が早いというメリットはあるので、経過観察処分となったらしい。
ちなみにこの世界の知識については、睡眠学習的な脳に直接情報を流し込む方法で押し込まれていた。
これも読み解く力がなければ、覚えていても利用できないので、普通の赤子よりはアドバンテージを得られるそうな。
『ある種のチート状態ではあると思うんだが……』
生まれたばかりの体は、筋力もなく感覚器も未発達。視力も弱いし、発声も上手くできない。
考える事はできても、出力できない状態なので、ひたすら思索に励むしかなかった。
生後1年もすれば、視覚、聴覚などもしっかりしてきて、発声もおぼつかないながらもできるようになってくる。
ハイハイしてつかまり立ちできる程度には運動能力も上がってきていた。
世話をしてくれるアイネは、紫髪の十代半ばの女性だ。整った顔立ちだが、感情が見えないので情操教育には向かなそうだが、転生者である俺にはあまり影響はなかった。
特徴としては、その額に赤い水晶が埋め込まれている事。これはホムンクルスとして生成された際に、一定の技術を習得させるための物らしい。
赤子で産まれた俺とは違い、ほぼ成体として産み出されたアイネは、臨時の労働力としての知識を埋め込まれていて、ロボットに近いイメージと言える。
介護ロボットという感じか。
あまり味のない離乳食を食べさせてもらいながら、俺はタブレットの様な端末を操作する。板状のそれは、俺の魔力で起動する情報端末だ。
それをネットに繋ぐ事で世界の情勢を知ることができた。
この世界は既に宇宙に進出しているようで、ここも宇宙コロニーの一つらしい。小惑星に風の上位精霊で結界を張り、空気循環させる中で生活させるという実現の仕方はファンタジーなのだが。
そして今いるのは共和制で治められる国で、同じく共和制をしく連合国家群に所属している。
一方で個人が強権を持つ独裁国家群も存在し、長く争いが続いているようだ。広い宇宙、争うよりも開拓すればいいのにと思うのだが、やはり地理的に有利な場所というのは存在して、そこを制圧している国家はより良い生活を送れるとなれば、不毛の大地を開墾するよりも、奪ってしまえという連中がでるのもまたある程度は納得できてしまう。
俺のいるコロニーはそんな争奪戦が行われる中央からはかなり離れた辺境の地だった。それもそのはず、ホムンクルスに魂を憑依させて新人類を作成するというのは、多くの人々にとっては禁忌とされるような所業。
両親たる二人の魔導士は、マッドでサイコな部類の研究者だったのだ。
とはいえ赤子の身では、その庇護下から抜け出すこともできず、ひたすらに魔法の勉強を進めるしかなかった。
三歳になる頃には、同じように前世を持つ幼児との交流が始まっていた。ざっと十人ほどの人間が、実験動物として産み出されていた。
何人かは魂が汚染された状態で産み出された結果、即座に消滅させられたとの噂があるので、何人兄弟なのかは不明だ。
俺以外の赤子は、何だかんだ魔法のある世界からの転生らしく、前世と今世を合わせた魔力をもっているそうだ。ズルい。
そんな前世はマチマチでファンタジーな世界で冒険者をやっていたとか、亡国の姫だったとか、戦場で名を上げた英雄だとか、本当かどうかは分からないが、自慢げに話している。
俺は食品関係のサラリーマンなので、商人というか庶民という感じで詳細を濁しておいた。
この魔法科学が進歩した世界の近世から転生した者はいないようだ。というか、現状で調べられる範囲では、他の転生者の前世を見つける事はできなかったから、もしかすると俺と同様にそれぞれ他の世界から流れ着いた魂なのかもしれない。
どの道、元の世界に戻る方法もなさそうだし、元の世界で命を落としたから、魂だけで喚び出されたと思われるので、今世をいかに優雅に暮らすかが大事だった。
その点で見れば、前世の記憶を持つだけで、普通の子供より有利なスタートを切れている。このまま成長すれば、バラ色の人生が待っているだろう。
そんなささやかな願望が打ち砕かれたのは、5歳の時だった。始まりは警報音。いつものように他の子供達と勉強やら魔法の訓練をしていると、赤いランプにエマージェンシーを告げる音、更にはアナウンスが響く。
『所属不明機が急速に接近中。こちらの呼びかけに応答なし。外観から戦闘揚陸艦である可能性高し』
子供達とそのお付のホムンクルスは、直ちに行動を開始する。子供達は皆、前世の記憶を持ち、更には睡眠学習などで知識は詰め込まれている。
こうした際に取るべき行動というのをわかっていた。お世話係のホムンクルスについても言うまでもない。
俺はアイネと共に自分の個室へと向かう。小惑星に作られたコロニーは、緊急時を想定して様々なブロックに分かれていて、気密の確保であったり、脱出艇の準備なども十分に配置されていた。
その機能が一番集約されているのが、それぞれの子供に与えられている個室だ。それ自体が脱出艇として個別機動できるようになっていた。
この施設で大事なのは研究成果たる子供達。それを少しでも生存させ、確保するためにそうした機能を充実させていたのだ。
「アイネ、敵の様子は?」
「最新情報では小惑星に着陸。対空砲火を避けて少し離れた地点のようです。そこから小型艇でこちらへ向かっている模様」
「迎撃できそう?」
「相手はかなりの練度と装備であると判断されているので厳しいかと。一斉射出で逃亡を計る事になるかと」
「そっかー」
小惑星から四方八方に脱出する事で、一人でも多くの者を逃げさせる方策。何人かは捕まる可能性があるだろう。
相手が何者かは分からないが、武装集団というだけでかなりヤバい相手だ。捕まったらどういう扱いを受けるのか……覚悟は必要だった。