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第五話 うわ、どこから来たんだ⁉

 その頃、お祖母ちゃん子の少年、浦島治夫は祖母の元にお見舞いに行っていた。

「おれ、大きくなったら、やっぱりに医者になるよ」と、孫は祖母に言った。「お祖母ちゃんも、昔はすごいお医者さんだったんだよね? だからさ、おれも頑張ればなれんじゃねぇかな? 今はただの子供だけど、頑張るよ。……もし、お祖母ちゃんがまた話せるようになったら、お話、聞かせてよ」

 そう言うと、ハルオはシクシクと泣き出した。

「ごめん。やっぱ、おかしいよ。そんなすごいお祖母ちゃんなのに、どうして叔父さんも叔母さんも会いたがらないんだろう……。……まだ、お祖母ちゃんが話せた時に会いたかった。ごめんね、聞こえてるかな……」

 また何か言おうとした。もしかしたら話しかけているうちに、返事を返してくれるかもしれないと思っていた。

 しかし、祖母は動けないままだ。生命維持装置で辛うじて生きている。初めて彼女の存在を知って、会ってみたいと思った時にはこの状態であった。

 どうせどんなに話しかけても、仮に聞こえていても、今日もきっと返事は帰って来ない。

「じゃあ、おれ、行くよ。また来るね」

 孫は病室から出て行き、階段を何段も降りていった。

窓の外から、甘い匂いが漂ってきた。ひとりでに開け放たれた窓。

 風でふわっとカーテンがたなびき、それが収まると、気配を放つ者が、生命維持装置に繋がれた老婆に影を落としていた。

(やっぱり、来たわね)

「ああ。ボクだ」

 カラコロ、カラコロ。甘い芳香を放つ影は、飴玉をなめていた。

「……いい子そうだね」

(ええ。私には、あまりにも出来過ぎた子だわ。……やはり、許せないのね?)

「当たり前だろ。ボクらがこうなったのはお前のせいだよ」

(そうね。だけど、私の家族にも、あの少年にも、罪はないわ。それに、あなたにもね。まだ間に合う。あなたには、私のようにはなってほしくない)

「……もう遅いよ。とっくにボクはお前以上の化物だよ」

(……! そう、私が最後の一人なのね)

「ああ。デザートは取っておかないとね。一番楽しみだった」

(徹底的にやるつもりね。だけど、いつか報いを受けることになるわ。私も嫌いなものは全て消してきた。あなたのようにね。消せる者は全員消してきた。目に見える脅威は人も物も全て排除してきた。だけど、見えない何かが、私に報復した。きっと、神が見張っていたのでしょうね。……あなたも何か見えない力から報復を受けることになるわ)

「……お前がその報いを受ける前に、会ってやりたかった」

 カラコロ、カラコロ。……。ピー。

 警報音が鳴り響いき、看護師や医者が、老婆の元に駆け寄ってくる。しかし、間に合わなかった。彼女は誰にも看取られず、孤独に旅立った。

 ハルオはもっと他に言うべきことがあったのではと思いながら帰路についていた。

カラコロ、カラコロ。その音と共に、甘い香りがした。思わず振り向いてみると、飴玉を口に中で舐め回しているらしい、大人っぽい黒いロングコートを着た美少女がいた。

「え……」

 あまりの美しさと気持ち悪くなるくらいの強烈な芳香から、ついたじろぎ、道を譲ってしまう。美少女はそのままハルオを追い抜いて歩いて行った。


 日が沈んで、月と星が見え始めていた。

 透明少年はその頃、ツバサと何とかして仲直りしようとしていた。

「な、仲直りしないと……僕には、彼女しかいないんだ……」

 しかし、立ち止まって考えてしまった。彼女と仲直りしたいのは、自分のためではないか? 自分のことを認識してくれるのが、彼女だけだから、自分は彼女と仲直りしたいのでは? 自分はツバサのためではなく、自分の寂しさや不安、存在意義を満たすために仲直りしようと思っているのでは? 

 透明な自分を認識できているのは、ツバサだけ。誰かに認めてもらいたいからという、自分のコンプレックスを満たしたいがために、彼女を利用しているのではないか?

「……最悪だ、僕は……やっぱり、彼女のそばに、僕はいない方が……」

「相変わらず今にも死にそうな顔してるね、お兄~ちゃん!」

 思わず振り向きながら声の聞こえた方へ蹴りを入れて、相手から距離を置き、先ほど警官二人から奪ってきた拳銃と警棒を構える。

 なぜ、こんな動きが瞬時にできた? そんなことを考えている暇はない。もしかしたらツバサを狙いに来たのかもしれない、相手が何者なのか確かめる。

 今回のお相手は、ホウキの柄の反対側にガムテープでナタを括り付けた奇妙な武装をした、小さくて可愛らしい幼女であった。

 しかし、警戒は緩めなかった。彼女は、先ほどの蹴りを避けて、山中に潜む野獣とも思えるほどの気配を放っていたのだ。

「うわあ、いつもより怖いなあ、お兄ちゃん! そんなにアタチのことが怖いの~? こんなに小さくて可愛い女の子が、お兄ちゃんのこと殺せるわけないじゃん!」

「君も、人魚を探しているのか?」

「話聞きなよ~。だけど、本当に忘れちゃってるみたいだね。じゃあやっぱり、アタチと会った時よりも弱いんだ。じゃあ、今なら、もっと簡単に殺せるね!」

 彼女はナタ付きボウキを振り回して斬りかかってきた。何とか寸前で避ける。しかし、その先でもまた斬りかかってきたり、突いてきたりと、攻撃をやめてくれない。

 ツバサを連れて逃げるか、それとも危険人物とは言えこんないたいけで可愛らしい少女を倒してしまうのか? 考えている暇はない。

 透明少年は相手から遠ざかりながら、ツバサがいるはずの神社へ走り出した。

「ねぇ、ちょっと~?」

 彼女の驚愕しつつも楽しんでいるような声を無視して、ツバサの元へ走った。

 しかし、彼女の姿はなかった。どこにもいない。そこにあったのは、彼女が身に着けていた合羽だけ。それを拾い上げて、ギュッと抱きしめてうずくまってしまう。

「あれ、流石はエミお姉ちゃんだね! お兄ちゃんがアタチの可愛さにフニャフニャしちゃってる間に、捕まえちゃったんだね?」

「……君の仲間が、君たちが、ツバサちゃんを攫ったのか?」

「そうだよ? あ、もしかしたら違う人かもしれないよね? そこら中に人魚ハンターさんがいるんだもんね。まあ、それもアタチたちがうま~く、ウワサを広めたからだけどね。おかげでうまくお兄ちゃんたちを見つけられたよ!」

「き、君とその仲間たちが、ツバサちゃんを追い込んだのか?」

「君って呼び方やめてよ。キコって、呼んで、お兄ちゃん! いやさ、それにしても全然人魚ちゃん見つからないからさ~。一体どんな人が逃がしてあげてるんだろうって思ってたけど、まさかお兄ちゃんだったとわね~」

「ツバサちゃんはどこだ!」

 すると、彼女は高速でナタ付きボウキで斬りかかってきた。それをなんとか避けて、警棒で手を狙って武器をその可愛らしい手から叩き落そうとするが、しゃがんで避けられて、足を蹴られて転ばされた。そこをすかさず、首元にナタの先を突きつけられる。一回り以上小さな少女キコに、見下ろされ、命を狙われている。

「やっぱり、そんなに人魚ちゃんのことが好きなんだ……ふ~ん、へ~」

「え……」

 好きって、なんだ? 


 ツバサはこれまでのことと泣きつかれてしまったこともあって、眠ってしまっていた。

「な、ど、どこだよ、ここ⁉」

 周りを見ると、そこは見たことのない廃墟の中であった。

 身ぐるみをはがされて腕をあげられて縛られ、美しい尻尾には鎖でつながれていて、その先には船についているようなイカリがあった。身動きが取れない。

 気がつかない間に、自分は誰かに捕まってしまっていた。恐怖が体を支配して、過呼吸気味になる。しかし、それは自分の命が危機に瀕しているからではなかった。

(もう、相棒に会えないのかな……)

 そう考えると、また涙が流れてきた。

 人魚になってから、ずっと泣いてばかり。やはり、こんなに弱いから、彼はいなくなってしまったのだろうと思った。きっと、自分がこんなにも弱いから、嫌われてしまったのだ。自分は彼のことが大好きなのに、彼は自分のことが嫌い。

 考えれば考えるほど、彼のことを思い出してしまう。涙が溢れてくる。

(なんで、あんなこと言っちゃったんだろう。せっかく、また会えたのに……。また会えたとしても、もうあんなひどいこと言ったオレと何て、仲直りしてくれるわけねぇもん)

 涙が溢れてくる。止まらない。ついに声まで上げて泣き出してしまった。

 カシャ、カシャ……カシャシャシャシャ!

 涙で視界を潤ませながらも、思わずそのスマホの連射音がした方を見てしまった。

 そこには、こちらにスマホのカメラを向けている、露出過多な格好をした美少女がいた。

「……は?」

 恐怖と悲しみと驚愕に溢れた感情を表情に表しているツバサの顔を、スマホの少女はジッと見つめた後、またスマホで連写した。

 そして、スマホの画面に視線を移して、ツバサの写真を厳選、『悲しみ』、『喜び』、『怒り』などの感情で分けられているフォルダに保存していった。

「な、なんだよ、お前! 人の泣き顔なんか撮って、何が面白いんだよ!」

 カラコロ、カラコロ、カラコロ。飴玉を口の中で舐め回す音と共に、むせそうなほどの甘い匂いが漂ってくる。そちらを見ると、ロングコートの美少女がいた。

「ごめんよ、ツバサちゃん」と、飴玉を舐めながら彼女は言った。「この娘はエミちゃんって呼んであげて。感情が薄くて、表情も乏しいの。だから、他人の表情とか感情とかに興味津々なんだ。君は感情豊かで面白いみたい」

「……は? なんだよ、それ?」

 すると、エミは座り込んで、怯えているツバサの顔をじっと顔を寄せて見てきた。ツバサの怯えた表情が写っているエミの目は、全く感情を感じさせなかった。ただ自分の姿が反射している二つの綺麗なだけのガラス玉のように思えてくる。

(か、感情がないのに興味があるって、おかしいだろ! オレのこと怖がらせて、楽しそうにその写真撮って! めっちゃ歪んだ感情があるじゃねぇか!)

「感情がないとは言ってないよ、薄いだけ。だけど、そう思われても仕方ないかな? 感情があったら、頼んでもないのにそんな恥ずかしい拘束なんてこと、しないもんね」

「……お、お前、そんなひどいこというなんて……」(コイツ、オレが思った事に返事しなかったか?)「お、お前、エミちゃんの友達じゃないのかよ⁉」

「友達だよ。これくらいのこと言われたって平気、友達だからよくわかるよ。それにツバサちゃん。君こそどうなの?」

「……え?」

「君こそ、友達に心無いこと言わなかったっけ? エミちゃんから聞いたよ。君が怒鳴った後、君の相棒君、放心状態だったって」

「……な、なんでそんなこと……あ、ああ……オレ、オレ……」(オレ、相棒のこと、そんなに追い込んじゃったのか? あんなに仲良くしてくれたのに、助けてくれたのに、相棒でいてくれたのに……オレは最悪だ……オレはアイツの友達に何て相応しくなかったんだ、やっぱり……)「ごめん、ごめん……」

 また、涙があふれてきた。エミはシャッターチャンスを逃さなかった。

 カシャシャシャシャ!


 月光が、透明なはずの少年に刃を突きつける小さな少女を照らしていた。

 透明少年はツバサのことを考えていた。

 自分は、ツバサという少女のことが好きなのか? 何が、どこが好きなのだ? 自分のことを助けてくれたから? そう、そうだ。強くていつも優しくて、明るい。そんな自分とも真逆のあの子が大好きだった。憧れていたのだ。本当はいつものあの子のように、みんなと仲良く過ごして、明るい毎日を送りたかった。そんな、教室の隅で絵本を読むわけでもなくただただジッとしていたような自分なんかに、彼女がそのための一歩をくれた。

 彼女みたいになりたかった。彼女のように幸せに明るく元気に過ごしたかった。そして、彼女はいつまでも幸せであるべきだと思っていた。自分が、その幸せを守らなければならないと思ってしまった。

「抽選に当たりました」

「無敵の超人になれる」

 そうだ。彼女の幸せを守るためなら、彼女が涙を流さないようにするためなら、どんなことでもし、どんな無茶な話にも乗ろうとした。強くなろうとした。自分を助けてくれた彼女みたいに。

「僕は、最悪だ……」

「そうかな?」と、少女は言った。「アタチにとっては、お兄ちゃんは最高のお兄ちゃんだよ! 他の奴らと違って、優しくて面白いもん。それに、美味しかったよ、お兄ちゃん!」

「……何が言いたいんだ?」と、透明少年は睨んだ。

「ふふん、お姉ちゃんには内緒だよって言われたんだけど、お兄ちゃんのこと、大好きだから教えてあげる。それに、約束破るのは大好きだしね」


 カラコロ、カラコロ。

 飴玉を舐めながら、美少女はイカリにつながれているツバサの尾ひれを撫でまわした。

「すごいね、本当に完全に変身してるよ」

「さ、触るなよ!」

 ベシッと、尾ひれを振り払った。その時であった。普通持ち上げらないはずの鎖の先にあるイカリが、ヒューンと飛び上がり、ドーンと落ちたのだった。

「……は⁉ え⁉ お、オレの尾ひれが、あんな重いの持ち上げたのか⁉」

「うわぁ、すごいね。これなら深海も泳げそう。成功だね」

 自分の所業に驚いているツバサと、笑顔になった美少女の顔を、エミは連写した。

「お前は本当になんなんだよ! ちょっとは怖がれよ! イカリがぶっ飛んだんだぞ!」

「うん」カラコロ、カラコロ。「期待通りだね。君は本物の人魚だよ。頑張れば水中では最強だろうね。地上ではこの通りだけどさ。意志を持った潜水艦だね。だけど、求めてたのはそこじゃないんだよね」

「そんなの嬉しくねぇ! てか、オレや友達の事教えるくらいなら、お前は何者なんだよ!」

 カラコロ、カラコロ。

「ボクはハナ・ユウキ。この子はエミちゃん。もう一人いるんだけど、ちょっと遅いかな……大丈夫かな?」

「……お、オレを捕まえて、どうするつもりなんだよ、やっぱ、金か⁉」

「ううん。色々欲しいものはあるけどね。今欲しいのは、永遠の命」

「……は?」

「人魚の肉を食べるとね、永遠の命が手に入るんだ。ボクらの体は食べたもので出来てるんだ。魚を食べたら頭がよくなる、鳥を食べたら筋力を得る。甘いものを食べてると頭の回転が速くなる。そして、人魚を食べたら、永遠の命を得ることができる」

「……お、オレ、お前らに食べられるのか⁉」

「そうだよ。ちょっとだけ、一口だけね」

「……は⁉ ふ、ふざけるなよ! てか、人魚なんていないだろ! ここにいるけどさ!」

「うん。だからね、いないから人魚を創ることにしたんだ。それで、ぴったりなのが、君だった」

「……は?」

 カラコロ、カラコロ。ハナは続けた。

「君が大好きな彼から、君の話を聞いたんだ。優しくて元気でいい子だってね。そうだ、よくおとぎ話とか昔話で子供や善人がひどい目に遭うでしょ? あれは、悪者が善人の持っている善の心が欲しいからだと思うんだよね。善人を殺めれば、それをした悪人は善人の力を得られる。本能的にそう思って、やっちゃうんじゃないかな?」

「お、お前の持論なんて訊いてないよ!」と、ツバサは怒鳴った。「そんなにいい人に成りたいなら、人のこと勝手に改造すんじゃねぇよ! そう言うところがあるから善い人になんてなれないんだよ!」

「君も、やっぱりそう思うよね?」

 カシャシャシャシャ!


 透明少年は、小さな少女から話を聞いていた。自分の大切な友達が、人間も獣も越えた、災害のような無力感を与えてくる得体のしれない少女によって、永遠の命を得るための材料にされていた。身の毛もよだつ恐ろしいこととは、このことだと思った。

「……そ、そんなことのためにツバサを、人魚にしたのか?」

「うん、そうだよ! お姉ちゃんとエミちゃんは、人魚ちゃんの優しい心と感情が欲しいって言ってた。それで手に入れられなくても、永遠の命なら絶対手に入れられるし、それでちょっとずつ手に入れればいいんだよ。時間ならたくさんできるし! あ、アタチは殺したら面白そうだなって思ったんだ! お兄ちゃんを殺った時もすっごく……」

「な、なんで、なんでわざわざツバサちゃんなんだよ!」

「うわあ、本当に覚えてないんだ~。お兄ちゃんがその子のこと教えてくれたんだよ? 優しくて感情豊かな女の子。それでそれで、人魚にして永遠の命を持たせれば完璧じゃん!」

「……⁉」透明少年は俯いた。「透明になる前の僕が、君たちに、僕がツバサちゃんのことを話したから……僕のせいだったのか……」

 透明少年がブツブツと心で思ったことを言うと、すっかりちぢこまって黙ってしまったので、キコは首をかしげた。

「お~い、もしも~し、お兄ちゃん? アハハ、すっかり萎えちゃったね~。生きてても辛そうだから、アタチが殺ってあげるね! よかったね、誰かの役に立てるよ、アタチの快感のためにね!」

 後悔と罪悪感に苦しんでうずくまる少年に、刃が振り下ろされた。


 ツバサは自分を人魚に変身させたらしい少女を、歯を食いしばって泣かないように頑張って睨んでいた。

 カシャシャシャシャ!

「君は、ボクたちのこと、悪者だと思う?」

「あ、当たり前だろ、バ~カ、畜生、バ~カ! アッカンベ~!」

「やっぱりそうだよね? だけど、彼は必死に耳を傾けて寄り添ってくれたんだ。だけど、ボクもね、なんでこんな得体のしれないボクらに、彼は優しくしてくれるんだろうって疑問に思ってた。そしたらね、幼い頃、こんなにどうしようもない自分のことを気に掛けてくれた人がいたって言ってた。その人みたいになりたいって」

「……は?」

「そう、君だよ、ツバサちゃん。彼、君みたいに優しくて強い人に成りたいって言ってたんだ。そうなるために旅に出て、頑張ってるんだって」

「……そ、そんな」(オレが相棒のこと、追い込んじゃってたのか? 優しくしていたつもりだったのに、オレみたいな奴なんか目指すために、オレから離れちゃったのか? それで、こんな怖い奴らとまでつるんで……)「そんな、そんな……なんだよ、それ」(ふざけるなよ、そんなことしなくたって、アイツは昔から優しくて強かっただろ……)

 カシャシャシャシャ!

「それにしても、よく泣くね」と、ハナは言った。「思ってたより強くないよね、ツバサちゃん。彼が言うもんだから期待してたんだけど。やっぱり、彼は優しかったんじゃなくて、ただ甘かっただけなんだね。ボクもエミちゃんもキコちゃんも、強くはなったけど優しくなれなかったし」

「……は? ど、どういうことだよ?」ツバサはそれを察して恐怖した。「いや、いや、いや! だって、ずっと、オレと相棒一緒にいたし、相棒のおかげで、今まで大丈夫だったし……」

「やっぱり弱いね。ただ単に助けてくれた誰かに、会えなくなった人の幻覚を見てたんだよ、きっと。第一、君みたいな懸賞金までかけられている妖怪なんて助けてくれるような優しい人なんていたの? そもそも、必要だったの? 君はあんなに思いイカリを持ち上げてたんだよ? そんなに強かったら、協力者なんて、いらないんじゃないかな?」

「い、いらなくなんて、ない……ひ、必要なんだ、オレには相棒が……」

「ふうん。……また違う誰かにした方がいいかもね」

 そう言って飴玉を舐め回すハナの肩に、エミが手を置いた。

「どうしたの? こんな子が良いの?」

 エミは何度もうなずいて、スマホに写っているいくつもの感情や表情のサンプル写真を見せた。ツバサが一番活き活きしているように感じる。

「ふふ。そうだね。エミちゃんが好きそう。じゃあ、せっかくだし殺っちゃおうか」

 すると、エミのスマホに電話がかかってきたので出た。

「はい、エミです」

(お前、喋れんのかよ……)

「ハナ、キコが泣いてる」

「……貸して」


 キコはスマホ片手に泣きながら、もう一方の手で刃を振り下ろし続けていた。

「どうしたの、キコ? 泣いてないで早く協力者を殺して帰ってきなさい」

「お姉ちゃん、ぐす、ぐす、うう……お兄ちゃんが死んでくれない!」

「……え? まだ戦ってたの? あなたを手こずらせる者なんているはずない。遊んでないで、まじめにやって」

「やってるよ! だけど、死なないんだもん! せっかく、きっと、サンタさんがいい子にしてるアタチへのご褒美に、せっかく生き返らせてくれたのに! ぐす、ぐす……」

「……。あなた、一体何と戦ってるの?」

「だから、お兄ちゃんだよ!」

 キコは泣きながら怒鳴り、透明少年に刃を振り下ろしていた。しかし、その刃はうずくまっている少年の体を、水を切っているかのように透過していく。

「うう、ううっ! 死なないよ! せっかくお兄ちゃんを食べたのに!」

 カラコロ、カラコロ。バリ、ボリボリ……。ハナは微笑んだ。

「……やっぱり、強いよ。ツバサちゃんの相棒君」

「え、ま、まさか……」(相棒、こいつらの仲間と戦ってるのか⁉)

「うん。そうみたい。エミちゃん、ツバサちゃんで遊んでて」

 エミにスマホを返すと、ハナはどこかに向かった。いや、闇に消えて行った。

 エミはツバサに向き直る。怯えている表情を撮ろうとしたが、スマホの液晶画面に映ったその顔を見て、思わず実物の方を見てしまった。

 ツバサは、命の危機に瀕しているのに怯えておらず、歯を食いしばりながらエミを睨んでいた。

 エミはそばにあったツバサを鎖でつないでいるイカリを、片手で持ち上げてすごんでみた。そのあと、地面にドンッと、叩きつけた。

 しかし、ツバサの表情が変わらないので、無表情で首をかしげた。

(相棒が頑張っているんだ。こんなところで、泣いてたまるか! コイツをやっつけて、相棒と一緒に家に帰るんだ! 相棒が頑張ってるんだ、オレも!)

 エミは、自分を睨んでくるツバサの耳元すぐ横の壁を踏みつけて、睨み返したように見えた。

「なんだ、エミちゃん? オレをそんなに怖がらせたいのか? 今、怖がってるのはどっちだよ? お前、人が怖がったり泣いたりしている所が好きみたいだけどよ、それは自分が上に立ってるって感じるからだと、オレは思うぜ」

 エミは足を下ろすと、かがみこんでその無表情の顔を寄せて、片手でその小さな顔を掴んだ。イカリを軽々と持ち上げてみせた握力を持つその手で。

「お、お前は感情に興味があるんじゃない。人より上位に立つことに興味があるんだ。人が泣いたり悲しんだりしていると、自分が強いと思えるから、人を怖がらせてるんだ。お、オレは、お前なんて怖くないぞ!」

 エミは涙を浮かべながらも頑張るツバサの顔に見入っていた。

(ううっ……どうにかして、もう一回、あのイカリを持ち上げたみたいに尾ひれを動かせれば……! コイツをやっつけられるかもしれない。だけど、力が、入らない……! きっと、オレはまだ、コイツのこと、怖がってるんだ……。勇気を出さないと!)


 その時、透明少年は振り下ろされたナタ付きボウキの柄を掴んでいた。

「……あ」

 驚愕と喜びが入り混じった声をあげるキコに、影が落ちていた。透明少年が立ち上がり、狂気の幼女キコを見下ろしていた。

「ツバサちゃんは、どこだ?」

「うわあ、お兄ちゃん怖~い! そう来なくっちゃねっ!」

 キコは、透明少年が掴んでいるナタ付きボウキを振りかぶり、彼を振り回して地面に叩きつけた。全身に激痛が走った。口の中で何か生暖かいものが溢れて行くのを感じ、それを思わず吐きだす。血だった。体の中で臓器が出血している。

「あはははは、ダメだよ~。ちゃんと手を離して受け身とらないと~!」

 立ち上がろうとした透明少年の顎に向かって、まるで落ち葉でも掃くように、ナタの反対側にあるホウキの方でアッパーを食らわせた。仰向けになった少年は、さらにその細くてあばら骨の浮き出ている腹に、地面にヒビが入るほどの踏みつけを食らわされた。

 口の中から血がこれでもかと溢れきて、キコの顔面にまき散らされる。

「アハハハ、すっごい、噴水みたい! ってか、ヨワヨワだね、お兄ちゃん! あ、違うや、アタチが強いのか! アハハハハハっ!」

 グシャ、グシャ、バキグシャ! 何度も地面に食い込ませるかのように踏みつけてくる。

「アハハハ! アタチのナタちゃんを掴んだ時はさ、一体どうなるのかな~ってワクワクしたんだけどな~。だけどさ、アタチがツヨツヨすぎてどうってことなかったね! あ、だけど、これもお兄ちゃんがアタチたちに食べられてくれたおかげなんだよね! あ・り・が・と! お兄ちゃん、アタチたちを助けてくれて、殺されてくれて、食べられてくれて、生き返ってくれって~!」

 キコは幸せそうに透明少年を踏みつけていた。透明少年は意識を朦朧とさせていた。

(僕は、弱い。いつだって窮鼠で、いつだってネコにいいようにされているんだ。だけど、ここまで追い込まれないと、追い込まないと、力が発揮できないんだ……噛もうと、立ち向かおうと思えなんだ……待ってて、ツバサちゃん、ツバサちゃん)

 ツバサのことを強く思いながら心が沈んでいると、絶望していると、体が透過した。自分の体を視覚的ではなく、肉体そのものを透明にさせることができたのだ。

(絶望しろ、絶望しろ。怒るな、怒鳴るな。もしこんないたいけな少女に対して反撃して怪我なんてさせたら、お前らしくないとツバサちゃんに言われる。痛みに耐えろ、大好きなツバサのために……!)

「それじゃあ、最後の一振り、イっちゃうか~!」

 そのひと振りが、再び透過した。

「え……⁉」

 意識がもうろうとする。全身が痛い。だが、透明少年は立ち上がった。

「頑張らないと……頑張らないと……」

「お、お兄ちゃん? アタチは、ここだよ? ねぇ、お兄ちゃんってば!」

 しかし、透明少年はそばに落ちていたツバサの合羽を取って身に纏い、血を流しながら歩きたす。

「ねぇ、お兄ちゃん! アタチに殺されてよ! どこかで野垂れ死なれるくらいなら、アタチに殺されてって! ねぇ、お兄ちゃん!」

 キコがそう叫んでナタ付きボウキを投げてくるが、それは透明少年を透過して、地面に刺さった。

「うお、なんじゃこりゃ⁉ 誰だよ、こんなの投げたの!」と、六太。

「おい、見ろ! ヤバいぞ、人魚よりヤバいって!」と、五郎。

 二人の視線の先には、プカプカ浮かびながら血を滴らせている合羽があった。そして、さらに向こうには、涙を流している血だらけの可愛らしい幼女がいた。

「おい、保護しねぇと! 非番だけどよ!」

「当たり前だ、行くぞ!」

「え、あ、お兄ちゃん、お兄ちゃんってば~!」

 キコはそう叫びながらも、何とか勇気と倫理を取り戻した非番の警官たちに安全な所まで連れて行かれた。彼女が歩く殺人現場だとは、二人も思わなかった。

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」と、泣き叫ぶ血だらけのキコ。

「おう、おれたちがお兄ちゃんだよ!」と、五郎。

「そんな事言ってると、お前が不審者みたいだぞ」と、六太。

「うるせぇ、バカ! じゃあお前も共犯だよ!」と、五郎。

「は⁉ お前が抱えてんだから、お前が犯人だろ!」

「お兄ちゃ~ん!」

 近所の数少ない住民たちは恐ろしくて通報すらできなかった。


 しばらく歩いて行ったさきにある裏路地では、不良軍団と野良犬軍団が仲良くたむろしていた。

「パグ副官、ブルドック大尉、みんな! 仲良くしろ!」

「はい、チワワ大将!」

「いや~、犬を見てると和むよな!」と、番長は言った。「お前ら全員が拾ってくれてよかったぜ! お前ら、いいヤツらだな、流石はおれが見込んだだけはある!」

「はい! なんかイライラとか鬱憤が収まったぜ!」

「番長が怒りを落ち着かせてやるなんて言うからなんだと思ったら、ワン公たちだったぜ」

「ああ、大人とそいつらが作った社会は嫌いだけどよ、犬はいいよな! お前らにコイツらを会わせてよかったぜ!」(いや、マジで助かったぜ。本当はこのチワワ大将だけ拾おうとしたら、いつの間にかこんなに増えて困ってた……なんて面子にかけて言えねぇ)

「お、おい! 番長! あれを!」

「うお、なんだ、タイショウ? ……うわっ⁉」

 チワワ大将をはじめとする野犬軍団が吠えた方を見てみると、血を滴らせている、どこかで見た覚えがある合羽が浮いていた。

「うげ、あれは前に見た人魚が来てたやつじゃねぇか!」

「よく覚えてましたね、番長!」

「おう、チワワ大将。なんだ、捕まって殺されたんか? その恨みをおれたちに八つ当たりしようとしてるのか⁉ 最悪最低だな!」

「けど、おれたちも環境とかそう言うのが気に喰わないから、周りに八つ当たりしてるぜ」

「うるせぇ!」

 すると、血を滴らせる合羽は、血文字で地面に何か書いてきた。

『この合羽の持ち主のところに、連れて行って』

 犬たちは訳が分からなかったが、不良たちは恐怖していた。

「ど、どうする、番長!」

「敬語を使え! チクショウ、何なんだよ……あ」(もしかして、試されてるのか? なんか、教科書にあったな? 今までさんざん悪いことしてきたけど、犬を助けたからその犬の力で人助けすれば、天国に連れて行ってくれるみたいなヤツか? 汚名返上しないと、地獄に落とされるのか⁉ 人魚のオバケに⁉)「よ、よ、よし! わかった! タイショウ、その合羽の臭いを嗅いで追跡しろ! 血の匂いが紛れてるかもしれねぇけど、お前の軍団ならいけるだろ! そんで、てめぇらは手分けして犬たちと探せ!」

「ええっ⁉ オバケの落とし物の持ちぬし、オバケを探すんすか⁉ 嫌だよ、番長! サツとか先公どもとかは怖くねぇけどよ、人魚の幽霊は嫌だぞ!」

「そうっすよ、人魚な上に幽霊っすよ!」

「うるせぇ! 行け! バカども、犬畜生以下だぞ! ……あ、すまん、タイショウ」

「いやあ、人間じゃないんだからそれくらいじゃ怒らんよ! よし、みんな、行くぞ!」

 すると、チワワ大将率いる犬軍団は遠吠えをあげた。そして、合羽の匂いを頼りにどこかにいる人魚を探しに行った。

「お、おれたちのワン公たちが頑張ってんぞ! 行くか、みんな!」

 すると、不良たちも雄叫びをあげて、ドタドタと探しに行った。

「なんで舎弟のお前がキメるんだよ! ……まあ、行ったからいいか」

 すると、血滴り合羽はどこかに歩いて行こうとした。

「お、おい! どこ行くんだ、合羽野郎! 男かもわかんねぇけどよ。待ってろよ、ここで。誰か報告に来るかもしれないだろうが」

「……ありがとう」

「……ば、番長、今、コイツ喋ったぞ! 人の言葉話せたんだな!」

「お、おう、そうみたいだな。話ができる幽霊かよ。まあ、人魚がいるんだからそんなのもいるか。……。そう言えば、なんで人間と犬のおれたち、会話通じてるんだろうな」

「同じ獣の強さを持っているからだよ、きっと!」

「おお、なるほどな! しっくり来たぜ」

「番長!」と、舎弟が帰ってきた。「見つかったかも! 廃墟だ! 病院だったところの!」

「早ぇ⁉ よし、行くぞ、血滴り合羽、タイショウ! オレのバイクに乗れ!」

「……それ、盗難車じゃなかったっけ?」

「うるせぇ! お前はヤツらを集めろ! 全員で行くぞ!」

 そして、血滴り合羽こと透明少年、不良と野犬軍団は廃病院に向かった。


 夜の廃病院は、不気味な気配が漂っていた。

 エミは恐怖に耐えようとしているツバサを眺めていた。

 カシャシャシャシャ!

(な、なんなんだよ、動けよ、オレの尾ひれ! 足がすくんだみたいな感覚だ!)

 すると、エミが動いたので思わずびくっとしてしまった。すると、我慢していた涙が再びツーッと流れてしまった。

 それを見ると、エミはその一滴の涙をペロッと舐めた。そう、舐めた。

「……え? あ、ああ……うああああああっ⁉」

 たどり着いた廃病院から、少女のつんざくような悲鳴が聞こえたので不良たちも悲鳴を上げそうになり、野犬たちはその後ろに隠れてしまった。

 しかし、それを聞いた血滴り合羽は恐れも知らずに駆け出していった。ように見えた。

「番長、行っちゃったぞ!」と、チワワ大将。

「ひ、一人で行かせられねぇ!」(ちとばかり違うが、なんかオレたちと同じはぐれ者の気配がしたぜ!)「行くぞ、てめぇら!」

「はぁ⁉ なんでっすか⁉ もう連れてきたんだからいいでしょうが!」

「うるせぇ! おれに殺されるか、バケモンに挑んで殺されるの、どっちがカッコいい⁉」

「うお、確かに! 行くぞ!」

 そして、不良は雄叫びを、犬たちは遠吠えをあげて、不気味な廃墟の病院に突撃した。

 カシャシャシャシャ。やっとまた泣きだしたツバサの泣き顔が撮れたので、エミは満足。していたのに、自分たちの縄張りに何かが入ってきたのを察して、不機嫌になった。表情には出ていない。

「おら! 化物! ででこいや、ゴラァ!」

 不良と犬の軍団は、荒れに荒れている廃墟をさらに破壊して回った。誰に命令されたわけでもない。入ったらとりあえず何でもいいから破壊しようとしていた。先ほどまでの恐怖はどこへやら、何も怖く感じなかった。

「うお、わ⁉ だ、誰じゃ⁉」

 番長が驚いた様子を見て、なんだなんだと、みんなも破壊活動を止めてしまった。

 暗がりから突然、美少女が現れたのだ。思わず見とれてしまうが、その扇情的な服装に気づいて顔を真っ赤にして、目をそらしそうになる。だが、やっぱり凝視してしまう。

「お、おい、スマホ持ってるか? カメラに映るかどうかで確かめようぜ?」

「いや、番長があとで眺めたいだけっすよね⁉」

 カシャシャシャシャ! 美少女を見て赤面している不良たちの表情が連写された。

「なんかこっちが写真撮られたぞ⁉」

 すると、チワワ大将たち野犬軍団が、美少女に向かって唸っているのに気づいた。

「お、おい、どうした、タイショウ?」

「番長、アイツは、なんか、ヤバい! 人間だけど、人間じゃない! 逃げよう!」

「お、お前が言うんなら、そ、そうなんだろうな。よし、みんな、行くぞ!」

「おっしゃ、みんな、かかるぜ~!」

「いや、何してんだ、お前ら! 襲い掛かるってことじゃねぇ……⁉」

 しかし、番長の静止の声は届かず、何人もの不良たちの悲鳴と、コンクリートの壁が破壊される轟音が闇夜に響いた。

 ツバサはもう恐怖のあまり、声も上げられないでいた。どこかから悲鳴が聞こえたような気がするが、衰弱した精神の影響で、感覚が鈍くなっている。

「ツバサちゃん!」

 誰かの足音、安心させる声が聞こえてくる。

「ツバサちゃん、ツバサちゃん! しっかりして!」

「……あ、相棒?」

 夢かと思った。あの女の言っていた通り、本当に幻覚なのではと。しかし、その涙目で映らないが、安心させる気配は、確かに大好きな彼であった。何かがおかしい。彼は服だけでなく、体まで見えているような気がする。しかし、そんな細かいことは考えられなかった。彼がいる。そばにいる。それだけでよかった。

 さっきまであんなに顔を見られるのが嫌だったのに、なんで大好きな人から見られると、こんなに安心して嬉しいのだろう。

 透明少年は、外傷はないが、いつもの元気な様子からは想像もできない、すっかり生気を失ってしまった弱々しいツバサを見て泣き出しそうになった。しかし、我慢した。

 何とかして鎖とイカリから、ツバサを解放しようとした。しかし、鎖は機械でイカリにグルグルと巻かれているうえに、鍵穴の部分は何かで押しつぶしたように固定されて外せない。

 その次は、背後から気配を感じた。振り向いて、警棒と銃を抜いて構えてしまう。暗がりからスマホの液晶画面の明かりが見えた。そして、その持ち主がついに暗がりから現れた。無表情で目から生気を感じない、しかし、獲物に襲い掛かりそうな気配を放つ美少女。

「君が、ツバサちゃんを、こんな風にしたのか?」

 カシャシャシャシャ! ツバサからは見えない、透明少年の表情が連写された。

 エミは、今まで見た中で一番活き活きとした怒りの表情の写真を見ようとした。しかし、画面に写っていなかったので首をかしげてしまった。

「……みんなは? 不良と犬たちだ」

 エミは首をかしげるだけだった。それを見た透明少年の表情をまた連写しようとした。

 カシャシャシャ!

「……⁉ ツバサちゃんの鎖を外せ。お前が固定したんだろ」

 しかし、エミは首を振るだけだった。

 バン! 銃声が響いた。エミの耳元を弾丸がよぎる。

「外せ!」

 エミは全く怖じ気づく様子もなく、拳銃を向ける透明少年の元に近寄った。そして、その彼の表情を生気の感じない目でじっと見てきた。

 透明少年は、容赦なくエミの目に銃口を突きつけて、弾丸を放った。しかし、激痛を感じたのは透明少年の手の方だった。銃の中で弾丸が発射されず、爆発してしまったのだった。こちらの手が銃で撃ち抜かれてしまったかのような激痛を感じ、思わずうずくまる。

一方のエミは、弾丸を目玉に放たれたのに、びくともせず、傷一つつかずに、うずくまっている透明少年を見下ろしていた。

 カシャシャシャ!

「……君も、ツバサちゃんを人魚にして、食べようとしたのか? なんで、君たちの願いを叶えるためなら、どうしても、彼女を犠牲にしないとだめなのか?」

 まだ立ち上がる透明少年の表情を見ながら、頷いた。

 透明少年が無理やり立ち上がると、止まっていた血がまた噴出して、床が赤く染まった。

「あ、相棒……⁉」意識が薄れるなか、ツバサは透明少年の背中から目を離さなかった。

 彼は自分に背を向けて守っている。手と後頭部だけの透明化が解けている。

「じゃあ、やるしかないな……」

 すると、透明少年はツバサを繋いでいる鎖を手に取って、引きちぎろうとした。血があふれ出る。

「……や、やめてくれ、相棒、逃げてくれ。……無茶だ!」

 彼の顔がすぐそこにあるのに、様々な恐怖と不安で、見ることができなかった。

 バキッっ! 鎖が引きちぎられ、ツバサがイカリから解放された。

 透明少年は頭の整理が追い付かない様子のツバサをいつものお姫様抱っこで抱え上げて、金メダリスト並の俊足で駆け出した。

 すると、喀血した血が抱きかかえられていたツバサにかかった。しかし、彼女はそんなことよりも、透明少年の方が心配だった。

「あ、相棒! 死んじゃうよ! おいてってくれよ!」

傷口から血が溢れてきて、廃病院に足跡を残していく。

 エミがその血の足跡を追って行く。しかし、様子がおかしかった。そこにあったはずの足跡が消えて行くのだった。透明になれるのなら、浮いているように見えるツバサを追うまで。しかし、ツバサの姿も見えなくなっていた。ならば、血の臭いは? それすらも感じない。

 エミは、完全にツバサも本当に生きていた透明少年も見失ってしまったのだった。


 廃墟と化した病院から脱出した透明少年とツバサ。

「あ、相棒、も、もういいから!」

「ツバサちゃん、ごめん、僕、僕は……」

 すると、ついに力尽きた透明少年は転んでしまい、ツバサは放り出されてしまった。ツバサの体中にすり傷が出来て痛みを感じるが、すぐに倒れて血を流している相棒の元へ、尾ひれを引きづって寄った。

 倒れている彼は、また服だけが見えている姿になってしまっていた。

「あ、相棒、ど、どうしたら、お、おい!」

「ツバサちゃん」と、透明少年はかすれて血でおぼれそうな声で言った。「大丈夫? ごめんね、ほっといて、ケガさせちゃって……」

「お、オレのことなんて、いいから、ど、どうしよう、どうしよう……⁉」

 すると、何人もの足音が聞こえてきたので、とっさに彼を抱え上げてしまった。

「畜生、なんだあの女! 壁、壊すし、こっちの写真撮ってくるし!」

「ああ、タイショウのいう通りだったぜ!」

「あ! お、おれらのバイク……おいてきちまった!」

「うるせぇ! また盗めばいいだろうが!」

「やっぱ盗むんだ!」

「当たり前だろ、タイショウ!」

 こんな時に! と思っていたが、不良と犬軍団は恐怖のあまり、二人に気づかずに通り過ぎてしまった。というわけではなさそうであった。見えていなかったのだ。認識されていない。ツバサたちは、自分たちが透明になっていたのだと気付いた。

(そ、そうか……)と、ツバサは気づいた。(相棒はともかく、オレが見つからなかったのは、相棒の血をオレが被ったからだ、きっとそうだ! 流れた血も、相棒の体みたいなものだから一緒に透明になって、あの仏頂面女もオレらを見失ったんだ。オレ、コイツに守られてばっかだ……)

 すると、透明少年が血だらけの手で、涙を流しているツバサの頬を撫でてきた。すると、その手は力なく地面についてしまった。

「あ、相棒、相棒?」と、ゆするが、全く動かない。「ごめん、オレのせいで、オレなんか、あいつらにとっとと食べられてればよかったんだ……!」

 涙が溢れ出してくるが、誰にも認識されず、助けてもくれない。しかし、それが自分と大切な相棒を守っているのも分かっている。涙と一緒に叫びだしたくなるが、声まで透明になっているかはわからないので耐えた。声でバレたら今度こそ、せっかく救ってくれた命を無駄にしてしまうかもしれない。

 何とかして相棒を救いたい。泣きながらもその事だけを考えていた。だが、彼との思い出を振り返ってしまう。

「あ、ああっ……⁉」(オレ、相棒と会うまで、なんで坂から転げ落ちたり、川に流されたりしてるのに、生きてるんだ? も、もしかして……)

 透明少年の腕から放り出されてしまった時、擦り傷を負ったはず。確かめてみると、やはりそうであった。傷が完璧に治っていた。ハナが言っていたことを思い出す。人魚を食べたら不老不死になれる。ならば、それを与えることができる人魚になってしまった自分は、不死身だったのだと、気づいた。

(オレ、オレ、最初から、お前に守られなくても死ななかったんだ……。なのに、お前を、ただ、巻き込んじゃった……ただ、ケガさせちゃっただけだったんだ……)

 少年の懐を探して、拳銃を取り出す。やはりあった。母に暴力を振るったかもしれない、あの警官二人から奪ってくれたものだった。撃鉄をあげて、銃口を自らの手の甲に向けて、撃ち抜いた。激痛と共に綺麗な手に穴が開いて、そこから血が噴き出してくるが、瞬時に治って塞がろうとしてしまう。しかし、ツバサはその出血した血を啜って口に含ませて、透明少年の見えない唇に口づけして、血を流し込んだ。

(コイツの血がオレを透明にしてくれたみたいに、オレの血がコイツの血を治してくれ! 血にも能力があって被っただけでも効果があるのなら、飲めばもっと効果が出るはずだ! オレのことをあいつらが食べたいと考えたのも、きっとそう言うことだ!)

 ツバサは透明少年に、熱くて血の味が広がる口づけをし続けた。

 恥ずかしかったので思わず目を閉じてしまっていたが、彼の状態を確かめるために目を少し開いて、その傷だらけの透明な体に衣服の間に手を入れて触れてみる。透明少年の傷口が塞がって行く気がする。

 ツバサはさらに自分が息苦しくなるほどの強く口づけをした。

 透明少年が柔らかくて暖かい感覚を唇に感じた。人工呼吸してもらっているのかと思った。目をうっすらと開いてみると、なんと、大切なツバサが、必死な様子で自分に口づけをしていたのに気づいた。

(相棒、起きてくれ……相棒……)「うああああっ⁉」

 目を開いて見てみると、透明少年が驚愕しているような視線を感じたので、思わず叫んでのけぞってしまった。しかし、ハッとして起き上がり、彼の方を見た。彼も起き上がっていた。

「あ、相棒?」

「つ、ツバサちゃん?」

 透明少年はツバサの手の甲に不自然に血の流れた跡があり、出血していたはずの傷口が塞がっていることに気づいた。まだ温もりが残っている唇と血の味、そばに落ちている拳銃。少年はすべてを察した。

「……ありがとう。助けてくれたんだね?」

「こ、こ、こっちのセリフだよ!」

 ツバサは透明少年に抱き着いて、涙を流した。透明少年も思わず彼女を抱き返す。

「ごめん、オレ、オレのせいで、お前のこと、ごめん、ごめん……!」

「ツバサちゃん、ありがとう、生きててくれてありがとう……!」

(嬉しいのは、オレの方だよ。なんで、コイツは、いつも、なんで……)

 ツバサはついに声を出して泣き出してしまった。

 透明少年は、彼女を心配させないように、涙を我慢した。自分は全く彼女を助けられていない。いつも笑顔で、泣いていた自分を助けてくれた彼女を、今度は自分が守るはずだったのに。

 もう街も警察も信用できない、彼女の両親、不良と犬の軍団をこれ以上巻き込むわけにはいかない。もっと強くならなければ。そのために頑張ってきたのでは?

(……何を?)

 そんなことはどうでもいい。分かっているのは、彼女を守れるのは、もう自分だけだということだ。

 抱き合っている少女と少年を、朝日が照らしていた。


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