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間奏 一人にするには早すぎたみたい

 男は様々な場所で悪者たちと戦い、人々や世界を救う仕事をしていた。いつ帰国、いや、それが叶うのかもわからなかった。無傷で帰ってくることはほとんどない。大けがを負い、まっすぐ家ではなく病院に入退院をしてから家に帰ることもたまにあった。

 そんな彼を支えているのは、愛する妻であった。彼女は子供を欲しがっていたが、彼女は生まれつき子供が埋めない体であった。子供がいない。それだけで夫婦の生活は完璧になれなかった。帰ってくるたびに妻は必ず寂しさと心配していた苦労を抑え込んで、家の前で迎えるのだった。

 今回は無事に帰ってきたが、いつもと様子が違った。

「おかえり、あなた。……どうしたの?」

「すまない。君を裏切ることをしてしまった」

「何の話?」

「……君以外の女性を愛してしまった。それが残り少ない命だった彼女の最期の願いだった。僕はどうしても彼女の願いを叶えたくなって、気がつけば、子供が生まれた」

「……⁉」

「だが、君への愛は変わらない! 本当だ! だけど、君が僕に愛想を尽かしたのなら別れる。生まれた子供も僕が何とかする。だけど、もし、もし……」

「……。あなた、落ち着いて。その子に会わせて」

 彼は頷くと、車に待たせていた我が子を連れてきた。褐色の肌以外は、夫をそのまま子供に戻したかのようにそっくりな男の子だった。彼は黙って彼女を見つめていた。

 妻は、小さな少年を優しく抱きしめて、頭を撫でてあげた。

「……。わたしがあなたの新しいお母さんよ」

「な、え! じゃあ……」

「ええ。ワタシたちは家族よ。あなたは父で夫、ワタシは母親で妻。そして、あなたはワタシたちの息子」

 こうして、新しい親子が生まれた。

 それから数年が経ち、父であり夫である男が死んだ。あまりにも痛々しすぎて、息子には見せられなかった。

 息子と二人暮らしになり、母は夫を失った苦しみや将来への不安、様々な感情を抑え込んで息子を育て上げた。家事と仕事と育児を、辛さを表に出さずにやり遂げたのだった。

 息子は成人には程遠い年齢にもかかわらず、一人前の男になっていた。

 ある日、母の好きな甘いものをお土産に買って帰ってくると、彼女は倒れていた。

 母は先が長くないことを隠していた。原因は暴飲暴食や喫煙など、不摂生によるものだった。息子はそんなことを知らなかった。誰も彼女がそうしていることを知らなかった。彼女は今の今まで、この不健康な行動で発散していたのだと、息子は気づいた。

「ごめん、ごめん……母さん、ごめん……」

「何謝ってるの? それよりあなた、また痩せたんじゃない?」

「気のせいだよ、ごめん」

「あなたは、気をつけてね。たくさん食べて、長生きしてね」

 母はいつも元気な様子で笑顔だった。しかし、その笑顔の下に様々な感情を抑え込んでいたのではないかと考えてしまった。母への感謝と罪悪感が混合し、彼女の元に毎日通い詰めた。

 そして、母は眠るように亡くなった。予想よりも長く、様子だけは元気に生きられた。

 自分のせいだ。母は自分を育てるために無理をして、こんなことになったのだ。いや、それすら厚かましいかもしれない。そもそも、自分が生まれてこなければ彼女は他人のままで今も生きていただろう。

 そんなことを考えていると、生きるのがつらくなってきた。しかし、母との約束がある。長生きしなければ。

 長生きするためには金が必要だと考えたので人一倍働いた。どんな内容なのか、わからないまま、自分の身を食わせるような勢いで働いていた。

 家族もおらず、趣味も将来の夢もない、ただ生きることが彼の目的になっていた。


 月日は流れた。

 毎朝、体が重い。足にうまく力が入らない。床にしゃがむ、立ち上がる、階段昇降さえうまくできない。ようするに体がうまく動かない。食事が喉を通らない、何をするにも意欲がわかない。ようするに、自分のことに対することができない。

 気がつくと、病院にいた。体が柔らかくも硬くもない病床から動かせない。

「抽選に当たりました」

「未熟児として生まれたが大切に育てられた」

「ツバサちゃんの話や教科書の話が好きな子だった」

「正しいことやハッピーエンドが好きな子だった」

「無敵の超人になれる」

 何者かからそんなことを、頭の中、心の中、すなわち魂に向かって言われた気がした。

いつの間にか眠っていたようであった。何かがおかしい。

「えっと、えっと・・・・・・」

突然のことだった。少年の体、存在そのものが、全てが透明になっていた。誰にも見えない、感じ取られない。なぜか、何があったのかわからないのに、それだけはわかった。

「えっと、えっと、えっと……」。

 誰かの目の前に立っても無視どころか認識すらされない。『無視する』という行動は五感を通して認識をし、『げ、アイツじゃないか。嫌いだから見えないフリしよう』などと考えてから生じるものである。しかし、少年はその認識すらされない。いるのにいない。

「も、も、もっと頑張らないと……」

 住んでいる街に出て、何人か適当な人々の前に立ってみた。何人か見覚えのあるような人がいた気がしたが、思い出せなかった。

 落とし物を拾ってそっと返したあげたり、荷物を運ぶのを手伝ってあげた。道路に飛び出しそうになった子供を引っ張って、車に轢かれそうなところを歩道に戻してあげた。誰にもお礼を言われなかった。スリやひったくりに足を引っかけて何人か転ばせた。しかし、その誰にも怒られなかった。やはり、誰にも認識されていない。少年の行動は、彼が関わった人々にとっては、ひとりでに、自然に、当たり前にそうなったかのようであった。

「も、も、も、もっと頑張らないと……」

 突如として透明になってしまった少年。誰にも認識されない、善いことも悪い事も何をしてもバレない。

「えっと、えっと……えっと、頑張らないと……もっと、えっと……」

自分は何がいつものおかしいのか、誰にも認識されず透明でいることの何がおかしいのかも考えらくなっていた。

 体も行動も何もかもが透明の少年、これがこの物語の主人公である。

 心配ない、これ以上は悪くならないはずだ。子供が主人公の物語は大体、最後はハッピーエンド。彼だって幸せを手に入れられる。

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