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第三話 お前ら、今日は帰れ

 街の図書館。もうすぐ夏休みということもあって、知識よりも涼を求めた学生たちで混雑していたが、このような場所特有の静けさと気配に満ちていた。

 図書館をはじめ、神社や仏閣のような静けさと空気に触れると、間違えて声を出してしまうこともあるだろうが、一旦は心を落ち着かせて静かにしようとしてしまう。

 しかし、彼は落ち着きよりも楽しさと興奮で心が満たされていた。自分が読書や勉強が好きで、それが好き放題できる喜びを久方ぶりに実感していたのだった。

 だが、小説や絵本の世界に浸っている場合ではない。人魚になってしまった親友のために、知識をため込まなければ。最初の内は何をどう調べたらいいのかわからなかったが、自然に人魚の伝説のことや、人が変身してしまった事例、ミュータントや突然変異と言った用語などを調べて学ぶことができた。

 さらに、気づいたことがあった。それは自らの行動が透明であること。すなわち、誰にも気づかれない。本棚に本を戻さなくても、ただそこにあるというだけで、疑われない。いくら叫ぼうとも注意されない。すなわち、本を何冊盗んでも誰にもバレない。ただ本が消えたという結果が残る。指紋どころか臭いも気配も残らない。しかし、そんな悪い事はしなかった。図書館の本はみんなの物だからだ。

 少年は次に、食料を調達することにした。巨大な池を発見したので、そこで魚を釣ろうと思った。昨日の襲撃者の一人である少年が投げ捨てていった釣り竿を何気なく持ってきてよかったと思った。一匹目はブラックバスだった。二匹目はブルーギルだった。三匹目もアメリカナマズだった。外来魚しか釣れないが、面白いように連れたので楽しかった。

 久しぶりに活字に触れられて、釣りという外遊びもできた。何よりこれから親友と過ごすことができる。少年は久方ぶりに『楽しい』と感じた。

 しかし、次は何が釣れるだろうかと待っている時だった。釣りにおいて魚がヒットしていない時は基本ヒマである。ふいにある考えが浮かんでしまった。

 不良軍団、お祖母ちゃん子の少年。全員、親友を狙っていた者たちだ。少年は手を出す前に止められた。不良たちが犯行に及ぶ前に止められたのではないか? ならば、転ばせて突き飛ばして懲らしめたのはただの自己満足で、下手したら悪行だったのでは? そんなことをした自分はあの子のそばにいない方が、いや、誰のそばにもいない方がいいのでは?

 そうだ。眠っている彼女のそばにいるのが怖くて、彼女のためだと言い訳を心の中でしながら、本を読んだり釣りなんかをしているのだ。やはり、こんな自分は、彼女にふさわしくない。だが、今の彼女を救えるのは、やはり自分くらいしかいない。

 気がつくと、走り出していた。なぜ、彼女を怖がる必要などあるのだ?


 もう使っていない納屋。夏の炎天下でも、日陰で風が通って涼しかった。

 そこで人魚少女ツバサはぐっすりと眠っていた。

「うわっ、学校⁉」

 そう叫んで目覚めたが、昨日のことを思い出して泣きそうになった。しかし、自分には友達がついていることを思い出すと、安心してしまう。

「はあ、オレって……」

 なんだ? 考えようとすればするほどよくわからなくなってくる。

 そして、自分はこの世で一人なのではと感じてきた。寂しい。不安。みんなに狙われているのに。あんなに楽しかったはずの世界が、地獄のように感じる。自分はこんなにも無力だったのだと思い知った。

(そうか。オレ、パパやママや、みんながいた環境にいたから幸せだったんだ。みんながいたから幸せだったんだ。みんなに幸せにしてもらっていたんだ。オレ、オレ、調子に乗ってたんだ。みんなを幸せにしていると思ってたんだ。バカだな、ひどいな、オレ。こんなだから、相棒もどっかに行っちゃうんだ……)

 ツバサはそう思うと、顔から出るもの全てを流して泣き出した。しかし、誰かに捕まって死にたくないので、声を殺して泣いた。

「つ、ツバサちゃん!」

「あ、相棒!」

 思わず、二人は抱き合った。ツバサは彼の胸の中でワンワン泣いた後、力ない拳でポコポコと少年の頭を叩いた。

「なんだよ、どこ行ってたんだよ! バカ、バカ……」

「ごめん、その、自分勝手だけど、君が大変なのに、その、悩んでたんだ……」

「な、なんなんだよ。オレがいるだろ。なんで相談しないんだよ? オレにもお前のこと助けさせろよ」

「ボクは、大丈夫だから。僕こそ、君を不安にさせてごめんね」

「いいよ、もう。帰ってきてくれたんだから」と、ツバサは涙と鼻水を拭って、自分の頬をパンパンと叩いて、気を取り戻した。「それで、お前は何に悩んでたんだよ?」

「本当に、大丈夫だから。ボクが、君の頼みを聞かないといけないのに……」

「……!」ツバサは思わず頬を膨らませた。

 彼に限らず、『大丈夫』と返事をする人は大抵そうではない。彼ならなおさら。

「じゃあ、話せ! お前の悩み!」

「だ、だけど……」

「いいから、言え!」

 いつもは彼女の方から、自分でも気づいていない悩みや問題を見つけて相談に乗ってもらっていた……気がする。しかし、今回は話せるうちに話したい、気がした。こんなに曖昧な気持ちで、衝動的に行動に移ったのは久しぶりな……気がした。相変わらず記憶も自分の気持ちも曖昧であった。

 透明少年は、悪者たちを懲らしめるのではなく、悪い事をする前に止められたのではないかという考えを包み隠さず話した。

「相棒」

 ペシッ。平手打ちされた。痛くはなかったが、一瞬、何が起こったのかわからなかった。

「満足かよ? 悪いことしたと思ってるんだろ? だけど、これでチャラ。はい、この話はおしまい!」

「ごめん、だ、だけど、その……」

「なあ、相棒。お前は色々考えすぎだよ。あの不良たちもその泥棒も悪いやつなのは変わらないし、あの網なんて持った子だってオレのこと狙ってた奴らの一人で、お前はアイツらからオレを守りきってくれた。それでいいだろ。お前はお前が出来る一番のことをやり切った。違うのかよ?」

「……出来る限りのことはやったつもりなんだ。だけど、もっといい方法が……そ、そもそも、こうやって、その、僕は君と一緒にいていいのかって、どうやってどうすればこの状況を何とかできるのかなって……」

「うるさいぞ! だから、考えすぎなんだって。お前はすごくよく頑張った。確かに、オレはまだ街中から狙われてるだろうよ。けど……」

「そうだ、君は狙われているんだ。だから、僕がしっかりしてなきゃいけないのに……」

「落ち着いて聞けって! オレはお前のおかげで助かった。オレは生きてる。とりあえず今はそれだけじゃ、ダメか?」

「そんなことない! 君が無事で本当によかった。嬉しんだ、君を、助けられて……」

「え……。そ、そうか」

 こんなに自分の気持ちをはっきり言葉に出したのは久しぶりな気がした。不安と恐怖を打ち明けたらスッキリしてしまった。

 ツバサは照れ臭くなって目をそらしてしまっていた。

 だが、自分たちが置かれた状況は不可思議で訳が分からないのは変わらない。また考え込んでしまいそうになる。

 すると、ツバサのお腹が空腹を知らせた。ツバサはさらに恥ずかしく思ってしまった。

「あ、ああ、待ってて」

 透明少年は、納屋に残っていた道具を器用に使って火をおこし、釣ってきた魚を調理して全て彼女にあげた。

 その手際の良さに、ツバサは思わずポカンとしてしまっていたが、気を取り直した。

「あ、ありがとう、てか、え、す、すご! どうやったの⁉」

「……えっと、釣ってきた」

「そりゃ、そうだろうけど、いや、にしてもすごいって!」

「あ、ありがとう……」

 彼が微笑んだので、思わずツバサも微笑んでしまった。ずっと見ていたい気もしたが恥ずかしくてふと目をそらしてしまう。

(あれ、な、なんでだろう。なんで見てられないんだ? オレ、もしかして好きなのか?)

「そうだ」

「え、あ、え⁉ な、なんだ?」

「えっと、図書館で人魚のことについて調べたんだけど、君の尾ひれは魚というよりイルカやクジラのような海に住む哺乳類だと思う。だけど、半分は人間。全体で見れば哺乳類だと思う。だから、その、つまり、食べるものは今までと同じでいいと思う」

「お、おう」

「だからきっと、いや、君なら絶対、その、泳げると思う。海の中でも川の中でも。……ごめん、話し過ぎた。……間違ってたらごめん」

「……ありがとう。てか、すご」ツバサはポカンとしてしまったが、たくさん話してくれて自分のために頑張ってくれたことはわかった。「す、すごいな。にしても、結構目立つこともしてバレないなんて、本当に透明なんだな。なんかカッコいい」

「だけど、魚を勝手に獲ることは悪い事だし……火までつけちゃったし……」

「なんだよ、うるせえな。それより、一緒に食べようぜ」

「僕は、いいや。全部食べなよ」

「え~、そんなこと言うなよ。それにまたガリガリにやせ細ってるじゃないか」

 自分はやせ細っている。少年にはそんな自覚はなかった。他の人にもそれを心配された気がした。空腹や痛みやらを感じる感覚まで透明になってしまったのだろうか?

「じゃあ、半分こな」

「……ありがとう」

 断るのも面倒くさくなったかのような返事なのでツバサはムッとしたが、少年がくれた弁当をキッチリ半分にする作業に集中して忘れることにした。

「お前、いつも大きい方くれたよな」

「……え?」何の話か分からなかった。

「いや、お菓子とか分けるときさ、どうしてもどっちかが多くなったり大きくなったりするだろ? それで、大きい方をいつもオレにくれたじゃないか。小さい頃は気にしなかったけどさ。今だとお前って本当にできたヤツだなって……あれ、もしかしてわざと?」

「……いや、何のことだが」

 何のことか、本当に思い出せない。思い出そうとする気が起きない。自分のことに対して気力が湧かない。しかし、『お菓子』という単語を聞いた時、何故かゾッと寒気がした。

 カラコロ、カラコロ。後ろに何かいたような気がしたが、気のせいだった。

 ツバサはキッチリ半分になるように料理を分けようとした。しかし、不器用な彼女はそれに時間がかかってしまった。

「よ、よし」と、ツバサは可笑しな疲労を感じながら言った。「どうだ、これで半分こだ!」

 はい、どうぞ。と、ツバサはきっちり半分に分けた焼き魚をあげた。

「そんじゃ、いただきま~す!」

 ツバサはお腹がペコペコだったので、弁当にがっついてあっという間に平らげてしまった。透明少年はその様子を孫の面倒を見る祖父母のように静かに見守っていた。

 すると、ツバサは急に涙を流し始めたので、透明少年は驚いてしまった。

「ど、どうしたの⁉ お腹痛いの⁉」

「ち、ちがう、その、その……」こんな事恥ずかしくて言えるわけがない。しかし、彼の前なら言っていい気がした。「パパとママ……みんな、家族に会いたくって……学校にも行きたい、友達にも会いたい、普通に暮らしたい……だけど、こんな姿じゃ……」

「……大丈夫だよ。今頃、君のこと心配して探してるよ」

「そうかな? オレ、迷惑じゃないかな? 人魚だぞ? なんか、狙われてるし……」

「君の家に帰ろう。それでお父さんとお母さんに相談しよう」

「……ぐす、うん」

 昨日から、ずっと泣かせてしまっている。こんなにか弱い様子の彼女を見るのは初めて……な気がする。彼女の両親や友達が変身した彼女を受け入れてくれる確証などなかったが、彼女の周りの人々ならきっとそう……な気がする。相変わらずハッキリしないことが多すぎる。

 だが、人魚少女を透明少年だけが助けられるという事実はハッキリしていた。

「ありがとう、相棒。ホント、お前には何でも話せるよ。お前もまた何か、相談したいことがあったら、言ってくれよな」

「……うん」話す気などない。これ以上迷惑かけたくないから。恩を返したいから。

 ツバサは思い切り泣いたらまた空腹になってしまい、お腹が鳴ってしまったので赤面した。

「はい、やっぱりあげるよ」と、少年は焼いた魚を渡してきた。

「い、いいのか?」

「うん。美味しかった?」

「おう。ありがとう」と、ツバサは食事を受け取って、今度は味わって美味しく食べた。「旨い。ところで、これ、何の肉?」

「えっと、ブラックバスとブルーギルとナマズ」

「ナマズ⁉」

 少し休んで、二人は出発することにした。

「よっしゃ! 家へのルートは……な、何となくわかるから、オレの足替わり、頼むな?」

「うん、任せて」

「じゃ、しゅっぱ~つ!」

 こうして、二人の目的地は人魚少女の家に決まったのだった。

 希望のある旅立ちだった。二人なら何でもできる気がした。


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