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第ニ話 うわ、バカがいっぱい

 橋の下で笑う人魚の少女。

 その奇怪だが可愛らしい存在を、普通だが醜い心を持った者たちが遠くから睨んでいた。一見すると、夏休み近くで暇を持て余している学生や若者たちのようであったが、その精神は彼らの将来と真逆で真っ黒だった。

「こんなに早く見つかるとはな! いくぞ、てめぇら」

 これが今話の悪役で、リーゼントがトレードマークのギャング気取り番長。彼が率いるのは不良少年の軍団。構成員はいじめっ子や喫煙者、どうやって手に入れたのかアルコールや麻薬の若き中毒者、チェーンや金属バットなどの凶器を携えた者などの不良少年たちだった。

「よし、てめぇらわかってっるな! 捕まえるだけだ、ぜってぇケガがさせたり殺したりするなよ!」

「金にならねぇからな!」と、そばにいた手下の一人が自信満々に言った。

「まだおれがしゃべってんだろうが!」

 そう怒鳴ると、番長は気に喰わない手下を殴り飛ばして気絶させたうえに、川に投げ飛ばした。

「よし、ああなりたくなかったらおれの言うことを聞けよ!」

 番長は今までこのようにして、暴力で不良たちを率いて襲い掛かってきた。

「ん?」

 異変に気づいたのは透明少年の方であった。ふと向こうを見てみると、いかにも不良らしい少年がイライラした様子で岸に上がっていたのだった。

「どうした、相棒?」

「に、逃げた方が良い! ど、どうしよ……」

 何故か危険が迫っていると瞬時に感じた。何か行動しなければならない。大好きな彼女のために。だが、何をしたらいいのかすぐに考え付かなかった。

 気がつくと、あっという間に若くも恐ろしい悪者たちに囲まれていた。

 先ほどまで心地よい暗さと涼しさだった橋の下は、居心地の悪い不気味な暗さと恐ろしい気配を放つ熱気に満ちていた。

「なんだ、お前ら!」と、勇敢なツバサは圧倒的大軍にも恐れずに怒鳴った。「一体何のつもりだよ、もしかしてオレのこと捕まえに来たのか!」

「よくわかってるじゃねぇか」と、番長がニヤニヤと笑いながら言った。「お前には懸賞金がかかっているんだぜ。捕まえたら何百万ももらえるんだ」

 悪者たちは欲に満ちた笑い声をあげ、ツバサは恐怖を感じながらも怒り続けた。

「なんじゃそりゃ⁉ つい今朝こんな姿になっちゃったばかりだぞ! 一体どこからオレのこと見てんだよ」

 だが、ツバサが気になるのは狙われているらしい自分の安全よりも、すぐそばに相棒のことだった。大好きな彼を巻き込んでしまった事だ。彼を危険に巻き込んでしまった。そう考えると泣きそうになる。

「す、すまん、相棒……」

 と、隣を見てみると、先ほどまでいた彼の姿はなかった。だが、あの少年が自分を見捨てて逃げたなどとは考えず、ただ驚いていた。

「よし、痛い目に遭いたくなければそこで大人しくしてろよ! へへ、一回これ行ってみたかったんだ。って言う言葉も言ってみたたかったんだぜ!」

 悪者たちは嬉々としてたった一人の少女を大勢で捕まえようと凶器を取り出して、ノシノシと歩み寄ってきた。

 相手はたった一人。と思っていた悪者たち。だが、相手はもう一人いた。

 ザボン! と、急に水しぶきが上がった。それを始めにもう一回、さらにまた。

 川を見てみると、何人かの仲間が、訳が分からない様子で川の中に落ちていた。すると、川に落ちたものとたちは、彼らとってはつらくもない流れの川の中で喧嘩をし始めた。みんなお互いに自分を落とした者だと勘違いして疑い、それを勝手に確信していたのだった。

「てめぇ! いきなり押してくるとかどういうつもりだ!」

「そっちこそ、おれのこと突き飛ばしただろ!」

「何そんなところで川遊びしてんだ! 五歳のガキか! とっとと上がって……」

 そう怒鳴っていた番長だが、彼はひとりでに転んで川の中に落ちた。

「なんだ、誰だ!」

「なんだって言われて名乗るやつがいるかよ」

「じゃあてめぇか!」

 パッと岸に上がってきた番長は生意気な舎弟を殴った。

「なにすんだてめぇ! 偉そうにしやがって!」

「偉そうじゃねぇ、偉いんだよ!」

「じゃあ、この人魚ちゃんはおれたちが……」

 そう言ってツバサに襲い掛かろうとした者たちは、ひとりでに転びだした。

「てめぇ、やりやがったな!」

「ああん⁉ やってねぇよ!」

 疑われた者たちは自分たちを疑った者たちを殴った。それを機になぜか不良たちは暴力衝動に駆られて殴る蹴るの大乱闘、大喧嘩を始めた。

「よし、逃げよう!」

「ほぇ? うお……」

 透明少年は驚いている様子のツバサを助けるべく、彼女が羽織っている合羽を掴んで引きずった。持ち上げられないが引っ張ることはできたのだった。

 暴れまわる不良たちの姿と彼らの怒鳴り声が遠ざかっていき、危機が遠ざかっていく。

 それ以上に、透明少年がこんなに大胆に動けることに、ツバサは驚いてポカンとした。


 二人はいつの間にか、河川敷から離れてどこかもわからない田舎道に逃げきっていた。

「……ハッ⁉ あ、相棒、ありがとう! も、もういいと思うぞ!」

「あ、ご、ごめん、尾ひれが痛かったよね、ひ、引きずったりしてごめん」

「いや、合羽で守られてたから大丈夫だ。それより、お前、さっきのすごいぞ!」

「さ、さっき?」

「お前、あんなに強かったんだな。まるで透明だったぜ」

 ツバサにはすべて見えていた。親友の少年が透明であることを活かして、彼らを退治しているところを。人魚の少女が狙われていると知るや否や、すぐに行動に移ったことを。

「えっと、えっと……」少年は何のことか思い出せなかった。

「……お前、もしかして」と、ツバサは瞬時に親友のことを感じ取った。「ほ、本当に透明になっちゃったのか? オレが人魚になっちゃったみたいに? オレ以外には服だけ見えるんだよ。みんなからは、何も見えてないのか?」

「そ、そうなんだ。いつの間にかこうなってたんだ」

 少年は、自分が透明であることをやっと思い出した。さっきまで、親友の少女のことで頭がいっぱいだったが、やっと自分のことも考えられるようになっていた。

「な、な、な……」

 ふと、ツバサの目に街の掲示板が入った。そこには、上手とも下手ともいえない人魚のイラスト、人魚の懸賞金やら目撃情報を募集していることを知らせるポスターであった。

 そう、今では街中のお金に困った者や物好きたちが、たった一人の人魚少女を狙っているのだった。中には先ほどの不良たちのような凶悪な者たちもいるであろう。

 それを見るとツバサの顔は青くなってしまいブルブルと震えだしてしまった。

「ど、どうしたの?」

 ツバサは透明少年の言葉にすぐ返事をせず、俯きながら尾ひれと丈夫な合羽を引きづり、どこかに這って行こうとした。

「ど、どこ行くの?」と、透明少年はつい叫ぶように訊いてしまった。

「お前は逃げろ。透明だろ、どこにだって行ける。誰にも見られない。無敵だ。お前をあんなヤバいヤツらに遭わせるなんて……」

 人魚少女ツバサは自らの思いを口にすべて出しながらどこかに這って逃げようとした。

「お前とまた会えてよかったよ。心配したんだぜ。ずっと一緒だと思ったら、急にいなくなっちゃうし、いつも、いつも一緒だったのに。せ、せっかくまた会えたのに……ば、罰が当たったんだろうな。上手に泳げるようになりたいとか、幸せになりたいとか、欲張りなことずっと考えたんだ。お前のことだって忘れてたときもあった。オレって自分勝手だし、クラスでオレだけ金髪だし、しかも今は人魚だし……だけど、ううっ……ぐす……」

 ツバサはいつの間にか泣きながらどこかに這って行こうとした。目的地などない。ただ、逃げたい。どこか安全な所に。家に帰りたい。そう、家に帰りたい。

 だが、出来ればもっと、もっと、親友と一緒にいたかった。

「うわ、本当にいたぜ!」

 ツバサの前に網やら槍やら釣り竿やら、人魚を捕まえる気満々の少年が躍り出てきた。獲物を見つけて大喜びの様子で、本当に踊りだしそうな様子であった。

「なんだよ、やれよ」と、ツバサは泣きながら言った。「煮るなり焼くなりしろ。そっちの方が楽に思えてきた。死んだ方がマシってよく聞くけど、こんな感じなんだな……」

「煮るなり焼くなり好きにして良いだって⁉ よっしゃ! 魚の部分は刺身にして人間の部分は煮物にして祖母ちゃんに食わせてやる! そうすれば祖母ちゃんの病気も治るぜ!」

 ツバサは先ほどの不良軍団や可笑しな研究所で解剖されるなら、おばあちゃん子の少年に本当の意味で料理される方が良いやと本気で思っていた。しかし、心の奥底では違うことを考えていた。

「イヤだ、もっと生きてたかったよ……」

 親友が泣きながら言ったその言葉を聞いた瞬間、透明少年は雷に打たれたような感覚がした。彼女を守りたい。大好きだから。彼女は笑顔が一番だから。

 友達思いの少年はお祖母ちゃん子の少年に、囁くような声で話しかけていた。

「人魚を食べたら不老不死になるという根拠は?」

「へ?」少年は獲物の人魚をギラギラした目で見続けていたが、見えない何かと普通に話していた。「そりゃそう言う伝説があるからだよ。本でもネットでも調べたんだ」

「仮にその伝説や神話が本当だとして、お祖母さんの病気やケガが治るという根拠は? もしかしたら、不老不死、すなわち永遠に病気やケガの苦しみを与えることになるかもしれない」

「へ? 不老不死になるって病気も怪我も治ってずっと生きるってことじゃなくて、そのままの状態で永遠になっちゃうってこと⁉」

「その可能性もある。それに、相手をよく見てみろ」

「へ? ああ、よく見るとすごい可愛いな」

「そうだ。しかも泣いている。あんなに泣いている可愛い女の子を犠牲にしてまで生き永らえることを望んでいるだろうか。さらには君が女の子の命を奪うことを望んでいるだろうか」

 少年は考えた。自分の祖母は女の子の命を奪ってまで生きたいと思うほど悪者ではないし、自分も女の子の命を奪うほどの悪者になって祖母や家族に迷惑をかけたくない。

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」と、少年は怒鳴って心の内を吐き出した。「不治の病とか言われたんだぞ! もう伝説に頼るしかないんだ! あんなひどい目に遭ってるのに、オイラは何も祖母ちゃんにしてあげられてないんだ! どうすりゃ祖母ちゃんを助けられる!」

「恩返しできていないと思うなら、これから頑張ればいい。もしかしたら、君は立派なお医者さんになってお祖母さんの病気を解明できるかもしれない」

「そんなことできるわけないだろ」

「だけど、君が女の子をいじめる様子よりも、君が頑張る様子を見る方が、お祖母さんも元気づけられるんじゃないか? 悪者の孫と頑張り屋の孫、どちらの方が善い?」

「そう言われると、確かに……」

「とりあえず、お見舞いに行って顔でも見せてきたらどうだ? お祖母さんもその方が喜ぶのではないか? 出来ることからやればいい。悪いこと以外ならなんだってやっていいんだ」

「なんだってやっていいだって⁉ よっしゃ、悪い事以外ならなんだってやってやる! 祖母ちゃんのためにな!」

 そう言うと少年は手に持った捕獲道具を捨て去って、病気の祖母の元に駈けだした。

 こうして、透明少年は親友の人魚少女を守ったのであった。

 人魚少女ツバサは、その様子を呆然としながら泣きながら見ていた。

 親友がまた命を救ってくれた。すごく嬉しかった。しかし、涙が訳も分からず溢れてくる。声をあげて泣きたいが、敵を呼び集めてしまうかも、そうしたら親友を危険に巻き込んでしまうと本能で考えていたので、ワンワンというより、シクシクと泣いていた。

 透明少年は駆け寄って、親友の少女をその頼りない細腕で抱きしめた。力強さはなかったが、暖かさはあった。人魚少女も抱き返して訳も分からず涙を流していた。二人はしばらく無言で抱擁していた。

 涙を流しているツバサは、入院が必要なほどやせ細った少年に優しく人魚少女を、花嫁やお姫様のように抱き上げられた。

「行こう」

「お、おう……」

 恥ずかしい、つらい。だけど、涙が止まらない。我慢しようとすればするほどつらくなり、涙が止まらない。我慢が足りないのだ。その意気地のなさにもまた涙が流れてくる。しかし、その腕と胸に身を預けてしまう。

「……ゆっくり休んで」

「……ぐす、おう」

 眠ってしまった人魚を抱いて歩き出しながら、少年はきれいな夕日に照らされていた。

「……お前、力持ちだな」

「うん。なんか力、出てきた」

「よかった。ふふ……」


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