09 ブリジット・バイイ(前半)
一日三回、朝7時、昼12時、夕方18時に更新しておりますわ~!
読み飛ばしにご注意くださいませ~!!
「いやー、痛快だったね!」
「そうね、あなた。さすがは我が娘だわ」
お夕飯は、お父様の計らいで豪勢なお食事になりました。
食堂の大きなテーブルの上には、料理長ドニが趣向を凝らしたお肉やスープ、パンが所狭しに並んでおります。お屋敷の使用人たちもお皿を持っていて、各々が好きなものを食べられるようになっておりますの。
曰く、わたくしの初決闘大勝利祝い、とのことですけれど……。
「ごめんなさい、お父様。ロラン様のお母様に、弱みを作ってしまいましたの」
わたくしは、素直に良かったとは言えませんの。王子様に対する失礼は、貴族のアレコレについて詳しくないわたくしでも、良くなかったとわかります。
……ロラン様は決闘のあと身を清めてからお帰りになりましたけれど、真っ赤な顔でずっとわたくしを睨み続けておりましたし。
しかし、お父様は微笑んで「問題ないよ」と言ってくださいました。
「そもそも、子供の決闘だ。ごっこ遊びのようなものだし、吹っかけてきたのは向こうだろう? ……ただまあ、僕らは政略に強くないし、ここらでひとつ、整理しておくかい、ルイーズ」
「整理の必要はあるけれど、レオノルに政治の話は早いんじゃないかしら。まだ六歳よ?」
お母様は心配そうなお顔をされておりますけれど、当事者ですもの。
「聞きたいですわ。いえ、聞かねばなりませんの」
「……そう。なら、仕方ないわね。レオノルは、とっても大人だもの」
ワイングラスに口をつけて、お母様はどこか寂しそうに呟きました。
お父様が咳払いをして、口を開きます。
「ロラン様の母の名は、ルネ・ランボーヴィル。没落したランボーヴィル家の娘。宮廷で働いているところをレヴェイヨン王に見いだされ、愛妾に上り詰めた。たしか、僕らよりも若いんじゃなかったかな」
「ロラン様を身ごもったとき、まだ十四か十五だったはずだから、やだ、あの子やっと二十歳くらいなのかしら。見た目だけなら、美しくて儚い……私と同系統の美女だけれど」
美しくて儚いなら、机を振り回して旦那をどつくお母様と同系統ではないと思いますけれど、わざわざ口には出しませんの。
「野心のあるタイプだとは思わなったけど、最近は後ろ暗いところのある貴族と繋がりがあるって噂よ」
「まだ若いなら、王子を得たせいで変わったのかもしれないな。ロラン様が王位を継げば、愛妾から王太后に大出世だ、野心も持つさ」
ルネ・ランボーヴィル様は、息子のロラン様を王にさせたがっている、と?
「そのルネ様が、ロラン様とわたくしを結婚させたがる理由は、なんなのでしょうか」
「聖女だからよ。……歴代の聖人、聖女の多くが教会で高い地位を得たわ。聖女の婚約者となって教会と太いパイプを持てば、王位継承順位にも影響するでしょう」
「天上教会は民からの信任が厚いからね。その実態がどれだけ生臭い魔窟だろうと、ね」
お父様はローストポークを切り分けて、自分のお皿に盛りつけます。……美味しそうですけれど、お話が終わるまで、わたくしは食べないほうがいいですわよねぇ。食べ始めたら止まりませんし……。
「レオノルには、そういう厄介事と距離を置いて、ラシュレー家を継いでほしいと思っているんだけど、レヴェイヨン王の名を出されるとさすがに断り切れなくてね」
「では、わたくしはロラン様と婚約を?」
お母様は、首を横に振りました。
「婚約については、許嫁候補という形で収めてもらうよう手紙を書いたわ。まだ六歳ですもの、実際に結婚するとしても、十年は先になるでしょう? 婚約するかどうかは、学校に上がってから考えましょう、と」
「そう。だから、今すぐどうこうってことじゃない。学校に入る頃には、もっといろいろ状況が変わっているだろうしね。さ、そろそろごちそうをいただこうじゃないか。主役が食べ始めないと、みんなが食べられないだろう?」
あ、と気づきます。その通りですの。使用人が、わたくしたちよりも先に食べ始めるわけにはいきませんものね。
お父様が、ローストポークを山盛りにしたお皿をわたくしに差し出しました。ありがたく受け取って……。
「いただきまーす! ですの!」
うーん、お肉美味しいですわ~!
十人前ほどお肉やパンをいただいて、少し落ち着きます。いえ、【飢餓】のせいで空腹はおさまらないのですけれども。使用人たちも和気あいあいとごちそうに手を伸ばしていて、いい雰囲気ですわ。……あれ? でも、ブリジットがおりませんの。
テーブルの端で、丸焼きのお魚を解体している小太りのシェフに話しかけます。
「ドニおじさん、ブリジットを見ませんでした?」
「さっき庭に出て行くのを見ましたぞ、お嬢様」
「それじゃ、ブリジットはなにも食べておりませんの?」
「もともと少食ですからなぁ、あの娘は」
「せっかくのごちそうですのに。もったいないですわ!」
わたくしはお皿にお肉とお魚とパンを取り分けてもらって、庭に出ました。
薄く雲がかかった夜空を、星々と月がぼんやりと照らしています。……庭の芝生の上に座って、ブリジットは空を見上げておりました。
「ブリジット。ごちそう、食べませんの?」
「え? あ、レオお嬢様。ありがとうございます……」
隣に座ると、ブリジットはお皿を受け取って、けれど、食べようとはしません。
「……もしかして、こういうお祝いは苦手でした?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、私には理解できなくて。その……」
十三歳のメイドさんは、逡巡するように眼鏡の奥の瞳を揺らがせました。
「……私、『美味しい』が、わからないんです」
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