64 幕間:ロランの本編(前半)
俺は見ていた。
レヴェイヨン王が座ったまま、レオノルに語る様を。
「王とは旗だと、そう言っただろう。聖女よ」
俺には、王の……、父上の言うことが、わかる。数えるほどしか会ったことのない父の考えが、しかし王子であるがゆえに、わかるのだ。
父上が対等な交渉に応じないのは、これまで俺が王になるため一度も謝ってこなかったのと、同じ理由であると。
「旗に汚れがあってはならん。この場での対等な交渉は、旗を地面におろし土をつけるがごとき所業よ。交渉は受け付ける。だが、まずはお前が地に頭をつけ、すべてを差し出すのが先だ」
つまるところ、王とは。権力者とは、面子の生き物なのである。なによりも面子を重んじ、大事にし、傷や汚れのひとつすら許さない。
レオノルは顔をしかめた。
「対等でなければ、やった意味がありませんわ」
父上は眉ひとつ動かさない。
「対等ならば、やられた意味がないだろう」
レヴェイヨン連合王国は地方豪族の寄り合いが巨大化したもの。その中で一番デカくて強かった地域の血筋が頭になっただけの、蛮族の集合体だ。
民や領主たちは常に見上げている――、己が掲げる旗が、掲げるに値する旗かどうか、確かめるために。
とどのつまり。
父上が頭を下げれば、国の分裂を招き……最悪の場合は内紛が怒る。それはぜったいに避けねばならない。
「本気の戦争をするか、聖女。天上教会は争いに関与せん。辺境伯風情が、レヴェイヨン連合王国すべてと戦って、勝てるつもりかね?」
「あら、わたくしと戦って、無傷の勝利を得られるとお思いかしら」
「そこの女騎士よりも強い騎士など、国中にごまんとおる。それに、どれだけお前が強くても、お前の家族まで強いわけではないだろう」
「脅しに屈する程度の家なら、ラシュレー家は今日こんなことしてねェですの」
だが、レオノルも頭を下げるわけにはいかない。蛮族のちから、暴力でここまでやってきて、ねじ伏せに来たのだから。
蛮族と蛮族の面子の張り合い。平行線だ。
「話が進みませんわね」
「ああ、話が進まんな」
父上の周りの文官たちが、冷や汗を浮かべている。王が退けば、レヴェイヨン王室にちからなしと見なされ、国が揺らぐかもしれない。
しかし、レオノルも退かないのであれば、それはそれでラシュレー領相手の戦争になってしまう。数多の知識を持ち、高速で空を飛び、塔を殴り砕ける、可憐で危険な聖女との戦争に。
「誰かが折れねば、話が進まん。そして、その誰かはわしではない」
「わたくしが謝れば、ラシュレーの家は敗者と見なされます。その状態では、聖女の知識を広めることも、お二人を守ることも、とてもできません。折れるわけにはいきませんわ」
――そこで、ふと気づく。
「……あ」
もう一人、いる。折れることのできる人間が。
「ロラン」
同時に気づいたのだろう。母上が、俺を背後から抱きしめ、囁いた。
「止めないでください、母上」
囁き返す。
「でも……、あの子を助ければ、弱みを見せることになるわ。あなたは王になれなくなってしまう」
あるいは、抱きしめているのではなくて、すがっているのかもしれない。
俺に。行かないでくれ、自分をひとりにしないでくれ、と。
「……大丈夫ですよ、母上。たとえ王になれなくたって、俺が母上を守ります。そのためには、まず、アイツを助けないといけないんです」
母上の腕に手を置いて、優しく撫でる。
一緒にいますよ、母上。ただ少し、前に進む時が来ただけです。
「俺は今まで、たくさん勉強してきました。汚い政略や、あくどい貴族たちのやり方を学んできました」
「ロラン……」
「でも、それらはきっと、今日のためだったんです。今までが導入部なら、俺の本編は――きっと、ここから始まるんです」
だから、俺は母上の腕を外して、前に出る。
父上とレオノルが対峙する、そのちょうど中心へと進み出て、立つ。レオノルをかばって、立ちふさがるように。
父上が目を細め、俺をねめつけた。
「なんだ、息子よ。いま、大事な話をしておる」
「俺からも、大事な話がございます」
そして、俺は庭に膝をついた。手もついて、四つん這いになる。
無様な格好だし、手のひらに小石が刺さって痛いけれど、これくらい……、今まで受けた仕打ちに比べれば、なんのことはない。
そして――。
「偉大なるレヴェイヨン王陛下に、王子たるロラン・ランボーヴィル・レヴェイヨンが、恐れながら一言献上いたしまする!」
――庭の土に、勢いよく頭を叩きつけて、叫ぶ。
「このたびはッ! 大ッ変、申し訳ございませんでしたァーッ!!」
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