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62 レヴェイヨン王(前半)



 さて。

 けじめ(・・・)をつけなければならない人は、ほかにもおります。

 ヴァレリーさんを介抱するロラン様に向かって歩き始めますと、すぐにわたくしの前に人影が立ちはだかりました。


「あら、ルネ様」

「ロランに、なにをする気ですか」


 ガラス細工のように美しい若き母親、ルネ・ランボーヴィル様が。


「少し、けじめをつけるだけでございます。ちゃんと手加減いたしますわよ?」

「殴るなら、わたくしになさい」

「母上までッ、なにを言って――!」


 焦るロラン様を、ルネ様が片手を上げて制しました。


「ロラン。あなたは王になるのよ。婚約者に顔を張られるようでは、他の候補に舐められてしまいます。……レオノルさん、どうかわたくしを代わりに」

「それはできません」


 険しい顔で震えるルネ様に、微笑みかけます。


「だって、ルネ様。あなたに必要なのは、聖女びんたではなく、ママ友のお説教でございますから。なので、このあとラシュレー領までご同行いただきますの。ご安心くださいませ、無理やり連れて行きますし、誰にも手出しはさせません」

「……なにを言っているのですか」

「ええ、ええ、わかっております。もちろん、ロラン様もヴァレリーさんも招待(・・)いたしますわ! ほかに連れて行きたいひとがいれば、そのひとも」

「そんなことをすれば、どうなるか。わからないあなたではないでしょう、レオノルさん」

「無論、わかった上でやっております。父も母も、覚悟の上でございますの」


 絶句してしまったルネ様の横を抜けて、ロラン様の元へ。


「……なにを企んでいるのかは知らんが、けじめは俺がとる。だから母上には手を出すな……ッ!」

「御立派な覚悟です、ロラン様。それではさっそく、歯ァ食いしばりやがってくださいませ!」


 右手を上げると、ロラン様が逃げることなく、しかし、ぎゅっと目をつむられました。

 その頬へ、わたくしは勢いよくびんたを振り下ろす――なんてことはなく、軽く手を当てます。柔らかく、温かい頬です。

 ロラン様がおそるおそる目を開けて、困惑したお顔でわたくしを見つめてきました。


「な……、殴らない、のか?」

「これがけじめ(・・・)の聖女びんたでございます。――これまで、よく頑張りましたわね。これまでよくぞ、ルネ様を……、お母上をお守りになられました。本当に御立派な覚悟です、ロラン様」


 告げると、ロラン様は震えました。

 ぶるりと震えて、なにかをこらえるように、両こぶしを握り締めて、けれどこらえきれなくて。


「う、うああ……!」


 ……男の子が泣くところを、まじまじと見る趣味はございません。

 ましてや、そのお母様までもが泣いて、抱き合っているところなんて。わたくしは無粋じゃありませんから。


 ――そこで、「ほほう」と声がしました。

 振り返ると、豪華な服を着たしわだらけのおじいさんと、数多の騎士様や文官たちが、庭の端にぞろりとそろっておられます。無粋なお方が多いですわねぇ。


「大騒ぎだな、聖女殿」


 しわがれた老人の声。久々に聞く声です。

 春先に一度だけ、挨拶をするときに聞いた声。


「お久しぶりでございますわ、陛下。ごきげんいかがかしら」


 ようやくお出ましですわね。

 レヴェイヨン王は、しわだらけのお顔でにやりと笑いました。




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