60 "蝮竜"のヴァレリー(前半)
向かってきた騎士様たちを、片っ端からデコピンで吹き飛ばしていきます。
大暴れするつもりですけれど、人殺しにはなりたくありませんもの。骨の一、二本は覚悟していただきますけれど。わたくしのデコピンは鎧をへこませる威力がありますので。
というわけで十数人吹っ飛ばすと、わたくしを捕えようとしていた騎士様たちも、だんだん手段を選べなくなってきて、皆様、騎士剣を抜き放たれました。
尖った金属程度じゃ、わたくしの肌には傷ひとつつけられませんけれど……、お洋服が破れてしまうのは嫌ですの。ちょっと本気出しましょう。小さな体躯を活かし、騎士様のあいだを縫うように高速で移動しながらデコピン連射でわからせてやりますの。
「距離を取って魔法を浴びせるんです! 足を止めて持久戦に持ち込みなさい! 聖女様は身体強化に特化した御方、いずれ必ず魔力が尽きますからねぇ!」
と、ヴァレリーさんが叫びました。
さすがは歴戦の騎士様がた。気絶していない方々が、すぐに距離を取る布陣に切り替えました。そして、風の刃や火の玉が、四方八方からバカスカ飛んできて、白い塔のがれきをさらに粉々にして粉塵を巻き上げます。回避が大変ですわ。
みなさまには残念なことながら、わたくしの【飢餓】は過去最高に魔力を溜め込んだ状態でございますから、尽きることはございません。ただ、ひとりひとりデコピンで吹き飛ばしていくのも面倒ですの。
……そろそろ、やっちゃおうかしら?
「うふふ。ヴァレリーさんは勘違いされているようでございますけれど……、わたくし、魔法が使えないわけではありませんのよ?」
「強がりを申されますな、聖女様! そろそろ降参なさいませ!」
「本当ですのに。ただちょっと、威力が強すぎて対人使用を禁じられていただけでございます。最近、ようやくコントロールが安定してまいりましたし、新技なんかもお披露目しちゃいますわよ――」
魔法の弾幕をステップで避けつつ、右の掌をぐっぱぐっぱして準備運動。では。
「――"空の五指爪"でございます!」
開いた五指それぞれの先端に、空属性をかなり控えめに灯します。
聖女の得意属性にして、"天上"を構成する力。宇宙の神秘を秘めた、よくわかんねぇ魔術的なちからが、指の延長線上に重力の力場を発生させますの。
「な、なんて魔力! 上位魔法級です、総員回避を――」
でっかい重力の手のひらが出来上がったとお考え下さいませ。
それを、そのまま横薙ぎに振るえば、騎士様たちが「オワーッ!!」と叫びながら、めくれ上がった地面ごと宙を舞います。クソデカびんたでございます。
結果は、ほぼ壊滅状態といってよいくらい、立っている騎士様がいなくなりました。回避できた方も、わたくしに向かって剣を向ける元気は、もうないようでございます。
「損害ッ! 報告できるものはいませんか!?」
クソデカびんたをひょいっと回避していたヴァレリーさんが怒鳴りました。攻撃も止みましたし、ちょっと待って差し上げるとしましょう。白い塔の残骸に腰かけます。
ややあって、立っていた騎士のおひとりが、青い顔でヴァレリーさんのところにやってきます。
「騎士団の七割が気絶、敗走! 衛兵団はほぼ全員が戦闘不能です! あと庭園もボロボロです! 被害額は計り知れません!」
「たった一度の魔法で、なんとまあ……、くく、あはは! まさか、本当に魔法まで規格外だとは!」
ヴァレリーさんは、かわいた声で笑い、わたくしに向き直りました。
「しかし、聖女様。これは軍事力というより英雄の証明。個人の力ではありませんか?」
「ええ。けれど、わたくしという英雄もまた、ラシュレーの家が持つちからのひとつですわ」
「ならば、こちらはロラン・ランボーヴィル・レヴェイヨン坊ちゃまを擁立する中で、一番のちからを使うとしましょうか。それで終いにいたしましょう」
紫髪の女騎士は、なにかを決心した顔で、腰の銀剣をすらりと抜き放ちました。
その切っ先は、わたくしに向いております。
「聖女、レオノル・リュドア・ラシュレー様! アタシ、"蝮竜"のヴァレリーは、あなたに決闘を申し込みます!」
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