57 幕間:ロランの驚愕(後半)
そうやって、またしばらく訓練の日々を過ごしていると、すぐに冬になった。
王都の冬は雲が厚くて、どんよりとしている。俺は塔のバルコニーから空を見上げて、雲の隙間を探していた。暇つぶしだった。陽の光が差し込み照らす場所があるのか、知りたかったのだ。
そういう場所って、女神様に選ばれた場所みたいだろ?
「……ん?」
だから、他の奴らよりも先に気づけた。
王都の上空に、なにかがふわふわと浮かんでいる。あれは……。
「気球、か?」
指先ほどの大きさにしか見えないが、曇天に紛れて黒い気球が浮いている。下部にはかごが吊り下げられていて、人のような姿も見えた。
「おいおい。人を乗せる気球なんて、まだ誰も作っていないはずだ。しかも、あんな高いところを飛ぶなんて……。どこの技術者の仕業だ? ヴァレリー、わかるか」
傍に控えるヴァレリーに聞くと、首を横に振った。
「さて、人が乗れるほどの気球なんて、寡聞にして存じ上げませんねぇ」
「飛翔実験か? だとしても、王都内で気球を飛ばすのは禁止なんだから、許可は必要だ。俺の耳になら、入っていてもおかしくないんだが……」
そこで、気球のかごがきらりと光って、なにかがすごい勢いで降ってきて、どずん、と庭に刺さった。
慌てて、手すりに手をついて見下ろせば、刺さっていたのは棒きれだ。
「風の魔力を感じます。狙った場所に矢を落とす、高等な魔法の応用ですかねぇ」
「つまり、ここを狙ったってことか? おい、見に行くぞ」
「おおせのままに」
塔から降りて、庭に出る。棒には白いものが縛り付けられていた。
近づこうとしたらヴァレリーに制された。「アタシが行きますよ」と、ヴァレリーがさっと近づいて、結わえられていた布をほどいた。
「……ハンカチか? なにか書いてあるみたいだな」
「……これは先触れですよ、ロラン坊ちゃま。『今から降下するので、安全のため、塔内から全員避難せよ』と」
「誰からの先触れだ? 署名はないのか?」
ヴァレリーは頬をひくつかせて、俺を見た。
「聖女屋代表、天上教会認定聖女――レオノル・リュドア・ラシュレーだそうですよ」
「レ……、レオノル!?」
思わず、気球を見上げてしまう。
あいつが? 王都に? あの気球に乗っているのか!?
「どういたしましょうかねぇ。塔内にはメイドが二人とルネ様だけ。避難はすぐに済みますが、さて、唯々諾々と従いますか?」
「駄目だ! 従うわけにはいかん。あれはもう、俺より立場が下だ。母上に塔から出てもらうとしても、もう少しもったいぶって――」
そこで、気球からなにかが落とされるのが、見えた。いや、落とされたのではない。自ら飛び降りたのだ。それは小さな人間の形をしている。
黄金の髪をなびかせた、かわいいドレスを着た女の子の形を。こっちに向かって、猛烈な勢いで飛んでくる。
「――今すぐ全員退避ッ! ヴァレリー、母上を助けにいけ! 走れ!」
「は!」
身体強化をかけたヴァレリーが、猛然と走って塔へ飛び込んだ。
落下するレオノルは、どんどん大きさを増している。――なにか、叫んでいる。
「お~っほっほっほ!」
いな、笑っている。なんで? なんで笑う?
普通、あんな高さから地面に叩きつけられたら死ぬし、怖がるものだと思うが……、いや、アイツは死なないか。
「急げ、ヴァレリー!」
塔に向かって叫ぶ。ヴァレリーが母上を背負い、両腕に一人ずつメイドを抱えて、飛び出してきた。
それと、時間をほぼ同じくして。
「瓦割り、一度やってみたかったんですのッ!!」
そう叫ぶレオノルが、塔の先端に着地……、というか、激突した。
地面を揺るがすほどの衝撃と豪風。俺の体は風にあおられ、たまらず吹き飛ばされ、庭を転がった。
……何秒かして、耳の奥のきいんという音に顔をしかめながら、顔を上げて体を起こすと……。
「お、おいおい……!?」
レヴェイヨン王より賜った、母上の白い塔が粉々に叩き砕かれていた。
「ごきげんようございますわね、ロラン様!」
そして、がれきの山の上に、笑顔の女が立っている。俺より少し背の低い女。腕組みをして、ふんぞり返るようにこちらを見降ろしている。
その表情は、不敵な笑顔。
「このレオノルが、会いに参りましたわよ!」
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