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56 幕間:ロランの驚愕(前半)



 「ロラン坊ちゃま、ただいま戻りました」とヴァレリーが首を垂れた。

 俺はそれを、白いソファに座って聞いた。白い塔の中だ。隣には母上もいる。


「やったのか」

「ええ。"黒獅子"は討ち取ってございます」

「首は?」

「ございません。半精霊だからですかねぇ、攻撃するたびに小さくなって……、最後は消えてしまいました」

「消えるところを見たのか」

「もちろん、間違いなく」


 俺は「そうか」と相槌を打って、「レオノルはどうだ?」と尋ねる。


「怒っていたか」

「ええ、相当に。ですが、最後は折れて、こちらの要求を呑んでくださいましたよ。余計なことはせず、大人しく過ごし、予定通りロラン様の許嫁に――最後は嫁になる、と」

「折れたのか、アイツは」

「そりゃもう、ぽっきりと。かなり恨まれているでしょうねぇ。アタシのことも……、おそらく、ロラン坊ちゃまのことも」

「……そうか。よくやった、ヴァレリー」

「は。では、これにて」


 ヴァレリーが部屋を出たあと、母上は何も言わずに俺の頭を撫でた。

 なぜか、涙がこぼれそうになったけれど、必死に耐えた。俺は道具だ。道具は泣かない。



 それから、数週間が経った。秋も終わりが近い。

 俺とレオノルの婚姻は、すでに既定路線と見られたらしい。悪徳貴族どもは「聖女と契ったロラン様が王位を継げば天上教会とも良い繋がりができる」と市井に喧伝し、工作に余念がない。

 次に声がかかるとすれば、上の兄弟たちと争うときだろう。


 つまり、いまは俺という道具の使い時ではない。俺もまた余計なことをせず、大人しく訓練と勉学に励むのみ。今日も塔の前で訓練の予定だったが、珍しいことに師匠が遅れてきた。


「遅いぞ、ヴァレリー」


 非難すると、"蝮竜"の女騎士はへらりと笑った。


「申し訳ございません。ちょいと、知り合いの情報屋に用事がありましてねぇ」

「情報屋か。レオノルに、なにか動きがあったのか?」

「ありません。静かに暮らしているようです。屋敷からも一度も出ず」


 「そうか」と、相槌を打つ。

 ヴァレリーが顔を見せるたびに、「レオノルはどうしているか」と質問をしている自分に気づいて、少し腹が立つ。道具らしくない。

 誤魔化すように、言葉を続ける。


「復讐に来るかと思っていたが、あっけないものだな。……ムギがいなければ、夏に俺をさらったときのような強行軍は無理だろうが」

「でしょうねぇ。ああ、動きというほどではありませんがね。近頃は気球を作って、庭で飛ばして遊んでいるとか」

「気球? ……まあ、もともと、あいつが特許を取ったものだろう。自分で遊んでも不思議ではないか。なんだ、遊ぶ元気があるんじゃないか」

「やはりご心配ですか、レオノル様が」

「違う」


 即座に否定する。


「あれもまた、道具だ。俺たち同様にな。ほかの道具が壊れるのは、困る」

「さようで。まあ、そう気を揉まなくても大丈夫ですよ」


 "蝮竜"は妖しく微笑んだ。


「ラシュレー領からここまで、船で一日。一日あれば、情報は届くのです。なにかあれば、すぐにわかりますよ」




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