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54 わたくしたちの革命(前半)



 お父様の許しを得て、ブリジットと二人でお庭に出ました。


 思えば、以前にもこうして、お庭でお話をしたことがございました。そう、あのとき、わたくしは"ブリジットは『美味しい』がわからない"と知ったのです。

 春の中頃、ロラン様と初めてお会いして、決闘をした日のことでございます。

 いま、空を見上げれば、秋が終わって冬に近づく、物寂しい表情の夜空が広がっています。たった半年足らずの間に、ずいぶん違うお顔になられましたわね。

 まるで人間のようでございますわ。……あるいは、わたくしのようでございます。


「レオお嬢様」


 と、ブリジットがわたくしの名前を呼びました。

 振り返ると、我がメイドが真面目なお顔でわたくしを見据えております。


「レオお嬢様は、厨房での会話を聞いておられましたね?」

「……な、なんのことですの?」


 視線を横の方に逸らすと、ブリジットが歩いて視界に入り直してきました。


「改めて、きちんと正面から謝らせていただきます。――大変申し訳ございません。私は嘘を吐きました」


 ブリジットは頭を深く下げました。腰を折るようにして、深く、深く。


「私には『美味しい』がなにか、わからなかったのです。お嬢さまが作ってくださったラーメンが、美味しかったかどうかも、実はわかっておりませんでした。あの時、美味しいといったのは、失望させたくなかったからです」

「……そうですの」


 空々しい相槌だけが、零れ落ちます。

 ええ、知っておりますわ。聞いておりましたもの。


「私の舌が、味を感じないわけではないのです。『美味しい』がどういう意味かが、わかりかねるだけで。でも、ようやく整理が付きました」


 整理? どういう意味か計りかねていると、ブリジットは顔を上げて微笑みました。


「私には『美味しい』がわかりません。でも、あの時、嬉しかったのは事実です。バージルとベルートと一緒の食事でした。旦那様も奥様もいて、メイドのみんなも、厨房のみなさんもいて。なにより――レオお嬢様がいて」


 楽しかったのです、と呟くように言って、ブリジットはわたくしの両手を取りました。秋の終わりの冷たさの中で、肌の温かさが際立ちます。


「幸せを感じました。私は理屈っぽくて、頭でっかちです。"赤毛の博学"なんて呼ばれている、がり勉です。でも、だからこそ、一生懸命考えて……あの時の気持ちを、こう定義することにしたのです」


 ブリジットの方が、背が高いですから。少しかがんで、正面から見つめ合います。彼女は少し照れ臭そうに、笑いました。


「あの時に感じた、温かで幸せな気持ちこそが『美味しい』なのである、と。私にとっての『美味しい』とは、みんなで食卓を囲むひと時の、幸せの味なのです。だから、私はもう『美味しい』を知っています。あなたが与えてくれたのです、レオお嬢様」


 『美味しい』は、幸せの味。

 その言葉が、じわりと胸に染み込んできて、目頭が熱くなってしまいます。


「嬉しいですわ、ブリジット。あなたが、そう言ってくれて」

「こちらこそ、ありがとうございます。そして――それゆえに、ひとつ、わがままを申してもよろしいでしょうか」


 ブリジットがそんなことを言うのは初めてですから、驚いてしまいます。


「……ええ、かまいませんわ、ブリジット」

「では……。私、毎日でも、毎食でも、ラーメンが食べたいです。レオお嬢様がお作りになられるラーメンを、何度だって味わいたいのです。そしてラーメンを、たくさんの幸せを、私だけではなく、より多くの人々の元に届けていただきたいのです」

「でも……、それは」


 誰よりも、あなたがそれを畏れていたはずです。


「世界を破壊してしまう行いなのでは、ないですか?」


 なのに、ブリジットはにっこりと笑いました。


「では、壊してしまいましょう。ええ、壊してしまえばいいのです、こんな国」

「……えっ?」


 なんて?


「よいですか、レオお嬢様。大切なのはどう壊すか(・・・・・)、そして破壊後に何を作るか(・・・・・)です」

「でも、わたくしにはわかりませんわ。どう壊して、何を作れば正しいのか……」

「開き直りましょう。今から妄想に心配しても仕方ありません。それは後世の誰かが議論して決めることです。今を生きる私たちは、正解がわからないなりに、みんなで考えましょう」

「……みんなで?」

「ええ、みんなで、です。そして、その一人目に、私はなりたいのです」


 ブリジットは両手を握ったまま、お庭の芝生に膝をつき、わたくしを見上げました。


「私、ブリジット・バイイは、レオノル・リュドア・ラシュレーお嬢様の革命(レヴォリュシオン)に、生涯付き添い続けると誓います」

「……でも駄目ですわ、ブリジット」

「駄目……、でございますか」

「ええ」


 ぎゅっと、手のひらを握り返します。


「ラーメンは、カロリーが高いし栄養も偏ってしまいますから。毎日、毎食は駄目ですの」


 そういう生活をして、命を落としたアホな異世界人もおりますから。


「だから、ラーメンだけじゃなくて、もっとたくさんの、いろいろな『美味しい』を、あなたに捧げると誓いましょう」


 半年前とは違う表情の星空の下で。

 わたくしたちは見つめ合って、誓い合うのでございます。


「それが、わたくしたちの革命でございます」




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