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52 ルネ・ランボーヴィルという母親の話(前半)



 秋も終わりを迎え、冬の気配が近づいてまいりました。

 太陽は日ごとに沈む時間を早め、風は冷たさを増し、お屋敷のお庭を彩っていた赤や黄色や緑色も、どこか褪せた色合いでございます。


「レオお嬢様、本日のお勉強はここまでといたしましょう」

「わかりましたわ、ブリジット」


 あれから数週間が経ち、大人しい生活もずいぶん慣れてまいりましたわ。穏やかな日々も悪くはないと、そう思うのです。

 教材を閉じて、ブリジットが微笑みを作りました。


「……ほかに、なにかいたしますか? お夕飯まで、少し時間がありますけれど」

「いいえ。お部屋でご本でも読んで、じっとしております」

「たまには、お出かけするのはいかがですか? お散歩などでも。ムギに会いに行くのも、良いのではないかと存じますけれど」

「いいえ、いいえですわ、ブリジット。大人しくする約束ですもの。どこにも行きませんの」


 ムギは"黒の森"で、こっそりと育てるしかありません。

 わたくしはロラン様の一派に見張られているでしょうから、会いに行けませんし……。

 でも、あの子の方から、時折、夜中に会いに来てくれます。小さくなったたてがみに顔をうずめて抱きしめると、森の臭いがするんです。

 わたくしには、それだけで十分なのでございます。



 お夕飯は料理長ドニの十八番、豚肉の煮込みとパンでした。本日もおいしゅうございました。

 ゆっくりと一皿ずついただいて「ごちそうさまでした」と手を合わせると、テーブルのお父様とお母様が顔を見合わせ、傍に控えるブリジットが目を伏せました。


「レオお嬢様。もうよろしいのですか? いつもの十分の一も食べていらっしゃいませんけれど……」

「ええ。なんだか、おなかがいっぱいで」

「本日も、でございますか」


 そうなんですの。なんだか最近、たくさん食べられないのですよね。

 最初は「おなかがいっぱいに? レオノルが?」と、ぎょっとしたお父様たちによってお医者様が呼ばれ、検診を受けましたけれど、身体的にはなんの問題もないそうですの。ですから、大丈夫でございます。


 メイドさんたちがお皿を下げてくださったあと、お父様が「ちょっといいかい、レオノル」と言いました。


「食事も済んだことだし……、実は話したいことがあるんだ」


 ごほん、と咳を打ち、少し言いづらそうに口を開きます。


「聞きたくないかもしれないけれど、ロラン様についての話だ」

「ええと、婚姻についてのお話かしら。でしたら、あちらの言うとおりに勧めていただけましたら……」

「いや。そうじゃない。つい昨日、王都からの伝手で知った話なんだけれどね。……ロラン様は、ルネ・ランボーヴィルにとっては二人目のお子だそうだ」


 え? と、いうことは……。


「お兄様かお姉様がいらっしゃるんですか。初耳でございます。でも、それがどうかいたしましたの?」

「兄だったか姉だったかまでは、わからない。……その当時、すでにレヴェイヨン王の愛妾だったルネは、二週間にわたる高熱に苦しめられたそうだ。宮廷医師によって、ルネだけは一命はとりとめた。だが、胎の子は……」


 お母様が辛そうに目を伏せました。


「あの子、まだ二十歳なのよ。ロラン様を産んだのは十四歳。だから、その前の子は……」


 ブリジットが「私と同じか、少し下くらいの頃でしょうか」と呟きました。

 つまり……流産したと。十二、三歳のときに。

 この世界の水準で見ても、かなりの早産でございます。

 さすがに言葉を失ったわたくしに、お父様は「その伝手によると」と続けます。


「毒を盛られたらしい。下手人は、ルネがいちばん信頼していた、仲の良いメイドだったとか。第三王子派の貴族に多額の金を積まれ、目がくらんだそうだ」




面白い! 続きが気になる! と思われたそこのあなた!


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