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51 襲撃(後半)



 ブリジットの読み通りでございました。

 お屋敷に急ぎ戻ったわたくしたちを出迎えたのは、つまらなさそうな顔をしたヴァレリーさんでしたから。


「おや、これはこれは。ごきげんよう、聖女レオノル様。どうやら入れ違いになったようですねぇ」


 応接室のソファに座って、抜き身の剣に布でオイルを塗って、どうやら整備をしているようです。――ぴかぴかに輝く、銀色の剣を。

 視界が、かっ、と赤く点滅して、怒りで脳が沸き立ちます。


「わたくしのごきげんが良いように見えてございますかァ……!?」


 もう我慢なりませんの、ぶん殴ってやります。

 床を蹴り砕いてとびかかったわたくしを、誰かが横合いから引っ掴んで、羽交い絞めにしました。止めようたって、そうはいきませんの。この程度の拘束、ちょっと暴れればすぐに――。


「いけません、レオノル。おやめなさい」


 はっと、顔を上げて、首だけで振り返って見れば。

 わたくしを羽交い絞めにしていたのは、お母様でした。お父様も手を添えていらして、二人とも身体強化を全開にしていらっしゃいます。


「離してくださいませ。あのとぼけたお顔をぐちゃぐちゃにしてやらないと、気が済みませんの」

「駄目です。いけません。……今はどうか、母の言うことを聞いて」


 無理に振りほどけば、今すぐにでもヴァレリーさんをぶん殴れます。

 けれど、もしもこの体勢で暴れたりしたら……、お父様、お母様の骨の一本や二本、あるいは十本くらいは粉々にしてしまうでしょう。これでは動けません。

 ヴァレリーさんがくつくつと笑いました。


「さすがは冒険貴族のルイーズ・リュドア・ラシュレー様。あの速度で迫る聖女様を、たやすく捕まえ、無力化してしまうとは」

「愛しい我が子を抱きしめただけです。あなたこそ、避けられるくせに、避けようともしないなんて。私に止めさせたかったのかしら? 悪趣味な人ね」

「仕事が嫌になりましてねぇ。ここらで一発痛いのを貰えば、辞められるかと思ったんですけれども。……冗談はさておき、聖女様。もうお気づきでしょうが、私と選抜騎士五名によって"黒の森"の"黒獅子"を討伐いたしました」


 されておりません、ムギはあなたたちに負けたりしませんわ――、と言い返しそうになって、ぐっとこらえます。

 お口をぎゅっとしているわたくしに代わって、ブリジットが「なぜですか」とキツい口調で問いました。


「ムギはレオお嬢様の言うことをよく聞く、良い子でした。なぜ襲ったのですか」

「相手は伝説の"黒獅子"ですよ、メイドのお嬢ちゃん。聖女様がたぶらかされてしまったと考えるのが当然でしょう。現に"黒獅子"と聖女様はロラン坊ちゃまをさらい、王都の城壁を飛び越えて侵入し、ルネ様の塔まで迫ったんですから」

「しかし、なにもしなかった。だからこそ安全だと考え、お咎め無しになったはずです」

「その時点では、そうだったかもしれませんがねぇ。聖女様が神託を受けたんでしょう? 『凶兆は続いている』と。そうなると、"黒獅子"は排除しておかねばなりますまい」


 ふむ、とお父様が顎を撫でました。


「きみたち、死ぬ気で来たな? ムギがきみたちを殺せば、それはそれでロラン様の後ろにいる連中には美味しい展開だ。いろんな大義名分が得られただろうし」


 ヴァレリーさんがうなずきました。


「ま、聖女様と戦って弱体化していたとはいえ、勝てるかどうか五分五分の心持ちだったんですが、不思議なことに反撃がなく。回避はしても、畑から逃げはしないので……、騎士として誇り高い戦いとは言い難い有様でしたねぇ」

「よく攻撃を当てられたね、ムギは素早いのに」

「ええ。畑に向かう攻撃は、体で受け止めに来ておりましたから。それがわかれば、あとは作業でしたよ。本当に……嫌な仕事でした」


 ……え? それじゃ、もしかしてムギがああなってしまった理由は。

 わたくしが、「自衛は許すけど攻撃はダメ」と言ったから?

 番獅子として、畑を守るようにお願いしたから、なの?


「……どうしろというのです」


 絞り出すように、声が漏れました。それは、泣きそうな女の子の声でした。


「どうしろっていうのですか」


 どうやら、わたくしの声のようでございました。


「わたくしに、どうしろというのですか……!?」

「どうもしないでいただきたいんですよ、端的に言えば」


 "蝮竜"の女騎士は、本当に疲れた顔で呟きました。


「神託を大人に伝えるだけの、六歳の女の子。ロラン坊ちゃまの許嫁候補。そういう枠組みで、静かにしていてくれませんか。アタシだってこんなこと言いたかないですがねぇ、最初からアンタが大人しければ、誰も傷つかずに済んだんです」


 わたくしは、お母様に羽交い絞めに――あるいは抱きしめられたまま。

 その言葉を、咀嚼して、呑み込んで……、理解しました。

 全部、わたくしの身勝手が悪かったんですの。


「……わかりましたわ。もう、なにもいたしません。お屋敷に閉じこもって、お勉強だけしておりますの。畑も放棄いたします。商会も動かしませんし、ラーメンだって作りません。余計なことは一切しないと、お約束いたします」

「レオお嬢様? なにを仰って……!?」

「ブリジット、ヴァレリーさんとお仲間の騎士様たちを送っていってくださいな」

「ですが……、いえ、承りました」


 ブリジットが、驚いた顔でわたくしを見て、視線を合わせて……、そっと逸らしました。

 あなたは、とても聡いから。わかっちゃったんでしょうね。

 ええ、そうです。わたくし、心が折れてしまいました。


 『美味しいラーメンを作りたい』『食文化を根付かせたい』『ブリジットに食べてもらいたい』と、がんばってきたのですけれど。

 すべて、わたくしの独り善がりでしかなくて。

 ぴんと張っていた糸が、ぷっつりと切れてしまったみたいに。

 もう、なにもかもがどうでもいいという気分でございます。



面白い! 続きが気になる! と思われたそこのあなた!


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