50 襲撃(前半)
「落ち着いてください、レオお嬢様! パスを意識してくださいませ! 主従のパスが繋がっていれば、ムギは無事です!」
ブリジットの声に、はっとして魔力の糸を探ります。
"指先"の修練によって、魔力の扱いには慣れてきております。わたくしとムギを繋ぐ、主従の契約を辿って……。
「そこですわね!」
崩れた小屋に駆け寄って、残骸を引っ掴み森の奥へぶん投げます。遠くでゴシャッバキッと環境を破壊する音がしますけれど、気にしていられません。
何度か残骸を放り投げると、積み重なった木材の隙間から、黒いモフモフが姿を現しました。
小型犬ほどの大きさにしぼんだムギでございます。
「ムギ! よかった……!」
膝をついてぎゅっと抱きしめると、「にゃふ」と申し訳なさそうに、わたくしの顔に鼻を擦りつけました。本当に、生きていてよかった……!
ブリジットが傍で膝をついて、ムギの様子を観察いたします。
「かなり小さくなりましたね。半精霊の特性でしょう、損傷による欠損を、大きさの変更で補っているのかと。レオお嬢様の魔力を分け与えていれば、いずれ元の大きさに戻るかと存じます」
「……あとで、魔力を分けるやり方を教えてくださいな」
「もちろんでございます」
しばらく抱きしめてから、わたくしはムギと視線をあわせます。
「ムギ。誰にやられましたの? どんなモンスターでしたか? わたくしが仇を取ってまいります」
女神様のいう、厄災の続きが来たのだろう……、と思ったのですけれど、ムギは「なん」と首を横に振りました。違うのですか?
「……もしかして、モンスターじゃないのですか? ムギ、まさか人間にやられたんですの?」
「にゃおす」と首を縦に振ります。普通のライオンさんサイズになっているとはいえ、ムギは"黒獅子"です。そう簡単に倒せるはずがないのですけれど……。
ブリジットが難しい顔で畑を睨みました。
「レオお嬢様、畑の修復と保全については、後日にいたしましょう。……火属性の魔法が使われたようです。焼かれた芽ごと耕し直して、次の機会を待つしかないかもしれません」
次の機会。つまり、一年後です。
「……ええ、そういたしましょう。今日はムギをお屋敷に連れ帰って、しっかり休ませなければなりませんし」
「いえ。申し訳ありませんが、レオお嬢様。ムギは置いていくほうがよろしいかと存じます」
「ここに置いて行けと? 傷ついて、こんなに小さくなってしまったムギを、この"黒の森"に放置していけと言うのですか……!?」
「厳しい言い方にはなりますが、そうです。私の予測が正しければ、ムギを襲った者達は、今ごろお屋敷にいるはずです。連れて帰る方が、危ないかと」
襲撃者が、お屋敷に? なぜ?
ブリジットがムギの背中を優しく撫でました。
「ムギ。襲撃者の狙いは、あなただったのですね? 畑ではなく、だから死んだふりをした……、そうですね?」
ムギがまた「にゃすにゃす」と首を縦に振ります。
「ならば、その者達には『ムギの討伐は成功した』と思わせなければなりません。また襲われてしまえば、今度は……その」
ええ、わかっております。
小さくなるだけでは済まないかも、ということですのね。
ムギが倒されたと思い込んでいるなら、そう思いこまれたままのほうが、都合が良いですから。
「ムギ。今の体で、"黒の森"で生き抜くことは可能ですか?」
返事は再び「にゃす」でした。無理している様子はなく、本当に大丈夫なのでしょう。
「わかりましたわ、ムギ。でも、無理はいけませんからね。それで――、ブリジット。襲撃者に心当たりがあるようですけれど、どなただとお考えですの?」
「……わざわざムギを襲いに来るなんて、レオお嬢様の力を削ぐ以外の目的は考えられません。ならば、聖女に扱いやすいお飾りでいてほしい勢力でしょう」
ブリジットはムギの背中に手を当てたまま、視線を落としました。
「王子ロラン様を擁立する、悪徳貴族たちの一派かと存じます」
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