48 貴族の道楽(中)
ブリジットは、なにを言っているの?
手に負えない? わたくしが?
「どうこうしなきゃ、いけないのですかな。お嬢様を」
料理長ドニはいつも通りの穏やかなお声で、つられてわたくしも少しだけ落ち着きます。
「のびのびと育っていらっしゃる。悪いことではないでしょう」
「……奥様から、道楽にかまけさせないよう、念を押されているのです」
「道楽ですかぁ。これまた、手厳しいですな」
「ええ。でも、レオお嬢様がやっていることは、貴族の道楽に違いありません」
「"天上"の知識での農業の革新が、ですか。ラーメンが食べたい……、食べさせたいという欲求が発端でしょうが、領地のためにもなる試みでしょう。ブリジット嬢もラーメンはお好きでは? いいことずくめではありませんか」
ブリジットが顔をうつむけ、料理長ドニは怪訝そうに眉をひそめます。
「美味しいと、そう言っていたおぼえがあるのですが?」
「……嬉しくは、ありました。弟と妹が喜んでいたので。けれど、やっぱりそれが『美味しい』なのかどうかは、私にはわからなくて」
――息が止まりました。
酸素が、口から入ってこなくて、胸の奥あたりが、きゅうっと締め付けられるように痛みます。『美味しい』がわからない?
でも、だってあの時、ブリジットは……!
「では、どうしてそう言わなかったんですかな」
「レオお嬢様を失望させたくなくて」
「嘘を吐くほうが、失望させてしまうでしょうに。それに――、いや、言わんでおきましょう。自分で気づかねば、意味がありませんから」
「……どういう意味ですか?」
……いえ。落ち着きましょう。落ち着いて、話を聞くのです、わたくし。
料理長ドニはブリジットの問いに応えず、ヤカンからカップに水を注いで、彼女の前に置きました。
「では、畑も道楽なのですかな。お嬢様が目指す農業の改良は不可能だと」
「不可能かどうかは、やってみないとわかりませんけれど……、それ以上にすべきではないと考えています。生活、人口、考え方、農民や一般市民が持つ力、ひょっとすると国の在り方まで、すべてが変わってしまいますから」
「ふむ。私は"赤毛の博学"と呼ばれたブリジット嬢のような学があるわけではありません。どうしてそうなると思うのか、説明をいただいてもよろしいですかな?」
ブリジットはじっとカップを見つめ、ややあってから、ゆっくりと口を開きました。
「仮に、お嬢様の試している農法がうまくいったとします。そうすれば、最初の四年で穀物の収穫量が三割ほど増加し、牧草の安定供給によって牛や羊の数も増えるでしょう。実用性があるとわかれば、次に農地の整理が始まります」
農地の整理? たしかにノーフォーク農法をラシュレー領の全域に広める場合は、きっちり区画を作ってやったほうが効率がいいでしょうね。
「休耕地を無くすわけですから、効率的に管理された大規模な農地が必要になります。農夫たちと旦那様の交渉がうまくいき、農地が整理できた場合、領の人口は二十年で二倍以上になるはずです」
「に、二倍!? たったの二十年でかい!?」
二倍ですの!? そんなに!?
「それほどの差があるのです。おそらくですけれど、レオお嬢様の農法は、本来、私達が順当に進むべき未来の、二つか三つ先のやり方ですから」
「未来ですか。ふぅむ……、たしかに料理の知恵についても、お嬢様ははるか先を歩いていらっしゃいますからな」
「農法も同じです。レオお嬢様の知識を用いた農具や肥料の開発も進むでしょう。連合王国中でラシュレー領の模倣がおこなわれ、人口が爆発的に増加しますが、ある時点で――おそらく五十年ほどで――問題が生じます」
「問題?」
「農業が効率的になればなるほど人口は増えますが、人口が増えれば増えるほど働き口は減るんです。整理された農地と効率的な農業では、すべての農夫を雇えない……、効率的であるがゆえに、です」
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