表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/69

48 貴族の道楽(中)



 ブリジットは、なにを言っているの?

 手に負えない? わたくしが?


「どうこうしなきゃ、いけないのですかな。お嬢様を」


 料理長ドニはいつも通りの穏やかなお声で、つられてわたくしも少しだけ落ち着きます。


「のびのびと育っていらっしゃる。悪いことではないでしょう」

「……奥様から、道楽にかまけさせないよう、念を押されているのです」

「道楽ですかぁ。これまた、手厳しいですな」

「ええ。でも、レオお嬢様がやっていることは、貴族の道楽に違いありません」

「"天上"の知識での農業の革新が、ですか。ラーメンが食べたい……、食べさせたい(・・・・・・)という欲求が発端でしょうが、領地のためにもなる試みでしょう。ブリジット嬢もラーメンはお好きでは? いいことずくめではありませんか」


 ブリジットが顔をうつむけ、料理長ドニは怪訝そうに眉をひそめます。


「美味しいと、そう言っていたおぼえがあるのですが?」

「……嬉しくは、ありました。弟と妹が喜んでいたので。けれど、やっぱりそれが『美味しい』なのかどうかは、私にはわからなくて」


 ――息が止まりました。

 酸素が、口から入ってこなくて、胸の奥あたりが、きゅうっと締め付けられるように痛みます。『美味しい』がわからない?

 でも、だってあの時、ブリジットは……!


「では、どうしてそう言わなかったんですかな」

「レオお嬢様を失望させたくなくて」

「嘘を吐くほうが、失望させてしまうでしょうに。それに――、いや、言わんでおきましょう。自分で気づかねば、意味がありませんから」

「……どういう意味ですか?」


 ……いえ。落ち着きましょう。落ち着いて、話を聞くのです、わたくし(レオノル)

 料理長ドニはブリジットの問いに応えず、ヤカン(ケトル)からカップに水を注いで、彼女の前に置きました。


「では、畑も道楽なのですかな。お嬢様が目指す農業の改良は不可能だと」

「不可能かどうかは、やってみないとわかりませんけれど……、それ以上にすべきではない(・・・・・・・)と考えています。生活、人口、考え方、農民や一般市民が持つ力、ひょっとすると国の在り方まで、すべてが変わってしまいますから」

「ふむ。私は"赤毛の博学"と呼ばれたブリジット嬢のような学があるわけではありません。どうしてそうなると思うのか、説明をいただいてもよろしいですかな?」


 ブリジットはじっとカップを見つめ、ややあってから、ゆっくりと口を開きました。


「仮に、お嬢様の試している農法がうまくいったとします。そうすれば、最初の四年で穀物の収穫量が三割ほど増加し、牧草の安定供給によって牛や羊の数も増えるでしょう。実用性があるとわかれば、次に農地の整理が始まります」


 農地の整理? たしかにノーフォーク農法をラシュレー領の全域に広める場合は、きっちり区画を作ってやったほうが効率がいいでしょうね。


「休耕地を無くすわけですから、効率的に管理された大規模な農地が必要になります。農夫たちと旦那様の交渉がうまくいき、農地が整理できた場合、領の人口は二十年で二倍(・・・・・・)以上になるはずです」

「に、二倍!? たったの二十年でかい!?」


 二倍ですの!? そんなに!?


「それほどの差があるのです。おそらくですけれど、レオお嬢様の農法は、本来、私達が順当に進むべき未来の、二つか三つ先のやり方ですから」

「未来ですか。ふぅむ……、たしかに料理の知恵についても、お嬢様ははるか先を歩いていらっしゃいますからな」

「農法も同じです。レオお嬢様の知識を用いた農具や肥料の開発も進むでしょう。連合王国中でラシュレー領の模倣がおこなわれ、人口が爆発的に増加しますが、ある時点で――おそらく五十年ほどで――問題が生じます」

「問題?」

「農業が効率的になればなるほど人口は増えますが、人口が増えれば増えるほど働き口は減る(・・・・・・)んです。整理された農地と効率的な農業では、すべての農夫を雇えない……、効率的であるがゆえに、です」



面白い! 続きが気になる! と思われたそこのあなた!


・おブクマ

・下のお☆でお評価

・おいいね


等々で応援していただけると大変嬉しく思いますわ~!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ