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45 幕間:ロランの諦観(前半)



「"黒獅子"の討伐(・・)だと? 本当に言っているのか!?」


 俺はヴァレリーに問いかける。信じられないことを聞いたから。

 けれど、"蝮竜"の女騎士は黙ってうなずいた。

 秋を迎えた王宮、母上が住まう塔の周りに並ぶ木々も、少しずつ色を変えている。今日、ヴァレリーからの訓練はなかった。ただ、重苦しい報告だけがあった。


 曰く、『聖女レオノルを惑わす"黒獅子"を討伐せよ』と。


 そういう命令が、あったらしい。


「なぜそんなことをする!? だって、ムギは……」

「わかっておりますとも。聖女レオノル様に調伏されて、すでに安全であると。惑わされているわけじゃありません」

「なら、どうして……!」


 広い王宮の庭のどこかで、文官か武官か、あるいは王族か、ともかくどっかの馬鹿が小さな気球を飛ばして遊んでいるのが見える。

 レオノルが商業ギルドで飛ばして以来、王都中であの小さな気球が流行っている。入れるろうそくの量を間違えて小火(ボヤ)を起こしたり、他人の家に落下させたりしてトラブルになるほどだとか。

 危険だから、飛ばす場所を制限すべきだという話も出ているらしい。


「安全だと思わない者もいるし、レオノル様だって完璧じゃありませんでしょう。暴走する可能性が少しでもあるなら、討伐は義務でしょう」


 気球は、あのモフモフした黒い獅子が来たとき、王都にもたらされた。

 だからだろうか。縁起が悪いはずの"黒獅子"の顔を気球に描く者が多いらしい。"黒獅子"を描くと高く飛べるのだ――と。


「隠匿されると面倒なので、ラシュレー領には知らせず、少数精鋭の速攻で討伐することになりました。その部隊に、アタシも選抜されたんです。討伐後も処理に時間がかかるでしょう。しばらくは留守にします。訓練は欠かさないように。……では、これにて」


 そうだ。まさにレオノルが商業ギルドで特許を取ったあとに、俺達は鍛冶屋街でアイツに出会った。俺は母上に命じられて、銀の魔法剣を注文しに行ったのだ。

 その銀の剣は、今まさに塔の前から去ろうとしているヴァレリーの腰にある。


「待て、ヴァレリー。どうして今なんだ? アイツの使い魔になって、すぐではなくて。なぜ、今さら討伐を焦る?」


 ヴァレリーの脚が止まった。


「貴族だな? いつもの、貴族どもの悪だくみだ。違うか?」


 なにも言わない。だが、それは肯定だ。

 俺は知っている。ムギの背中の温かさを。

 むちゃくちゃな速度で走るのも、城門をひと跳びで飛び越えてしまうのも怖かったけれど、命令に従うだけの知性と理性があった。

 レオノルが"黒獅子"にムギという名をつけ、赤い首輪をつけ、かわいがっていることも知っている。ムギに向ける笑顔だって、見ているんだ。

 だが、あくどい大人たちの悪だくみには逆らえない。逆らっちゃいけない。


「……なあ。俺はどうすればいいんだ、ヴァレリー」


 途方に暮れて、絞り出すみたいに問いかけると、我が師匠もまた途方に暮れたような顔で肩をすくめてみせた。


「さてね。わかりませんや。アタシは道具ですから。それも、誰かを守る両手長剣(ロングソード)なんかじゃなくて、悪徳貴族の卑劣な仕込み杖(ソード・ステッキ)なんですよ。今までも、これからもね」




面白い! 続きが気になる! と思われたそこのあなた!


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