41 農業計画(前半)
「農業を改革する、と?」
ブリジットが眉をひそめて言いました。
自室で机に向かっての勉強中、休憩時間にブリジットに相談したのです。わたくしのやりたいことについて。
「改革というほどではございませんの。ただ、"天上"の知識で、少しでも穀物自給率を上げられれば、と」
「小麦粉ですね? ラーメンの材料である」
さすが、ブリジットはお見通しですね。
「あとは大豆です。醤油にも味噌にもなりますから」
「旦那様から許可は取ったのでしょう? どちらの畑で試されるおつもりで?」
「……実は"黒の森"でやろうかと」
「なるほど。立地は悪くありませんが、森を拓く手間が必要ですね」
「反対しませんの?」
「レオお嬢様の視点から見れば、"黒の森"を選ぶのは道理ですから」
そうなのです。
この世界、まだ正確な世界地図が作られていない(あるいは、王族等に制限されている)らしく、ざっくりとした地理しかわからないのですけれど……。
まず大陸北部。天を衝く"巨獣山脈"が東西に渡って広がり、山脈の向こうは魔の領域だとか死の国だとか呼ばれておりますの。要はよくわかんねぇ未踏の地です。
次に大陸中部。"黒の森"は山脈の中腹から南下した平野部までの広い地域を占め、モンスターが闊歩しております。
最後に大陸南部。海峡を挟んで、南方大陸が遠くに見えるそうですの。
で、北方大陸を南北に縦断するように、"巨獣山脈"から流れる支流が合流した大きな運河、"大竜河"が流れているのでございます。
以上。ね、ざっくりしているでしょう?
ともあれ、重要なのは"黒の森"もまた"大竜河"が流れている土地である点。
水が潤沢で、街の外ですので、なにかやらかしても被害が出にくいのです。強力なモンスターが闊歩していることを除けば理想の地。いえ、強力なモンスターが闊歩しているから、人の手が入っていないのですけれど。
「レオお嬢様ならモンスターなど物の数ではないでしょう。そして、レオお嬢様が不在の間はムギが畑を守る……、そうですね?」
「さすがはブリジット。わたくしの考えなんて、お見通しですのね」
「いいえ、レオお嬢様。私にわかるのは、少し想像することだけです」
ブリジットは眼鏡をくいっと上げて、ふいに「レオお嬢様」と真剣な声音でわたくしの名前を呼びました。な、なんでしょうか。お説教かしら。
「ひとつ、質問してもよろしいでしょうか。レオお嬢様の言う通り、小麦の収穫が増えたら……、世界は、社会はどうなるとお考えですか?」
世界と社会がどうなるか?
うーん、どうなるのでしょう。わたくしとしては、たくさん小麦がとれるようになって、ラーメン文化が花開くといいな、程度の気持ちなのですけれど。
「ええと、まず、たくさんパンが食べられるようになるでしょう? あと……農家さんが、儲かりますの! ですわよね?」
「……ええ、そうですね」
ブリジットはそう言って微笑みました。
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