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36 ラーメン作り(後半)



 さて、天幕の下でのお勉強も一段落したので、そろそろ出汁の様子を見てみましょう。

 灰汁取りを交代でやってくださったメイドさんたちに感謝ですの。


「それにしても、勉強中も思っておりましたけれど、とんでもなく良い香りでございますわねぇ。ちゃんと丸鶏の香りがいたしますの。鶏清湯(チンタン)ラーメンの完成まで、あと一息ですわ!」


 鶏を使ったスープには透き通った清湯と白濁した白湯(ぱいたん)がありまして、出汁の取り方が違いますのよね。

 そこでブリジットが手を挙げました。


「レオお嬢様、ひとつ疑問なのですが。鶏ガラや豚骨というのは出汁の材料の種類ですよね」

「ええ、そうですけれど」

「そして、塩やショーユやミソというものは、タレの味付けの種類で、これらのタレによって出汁に味付けをしてスープにする、と仰っていました。ならば――」


 相変わらず、ブリジットの聡明さには舌を巻きますの。

 この後に来る質問は、日本人でさえ――あるいは日本人だからこそ、ほとんど疑問に思わないことでしょうから。


「――豚骨ラーメンにも塩やショーユやミソがタレとして使われているはずです。なのに、どうして分類が『塩』『ショーユ』『豚骨』『ミソ』なのですか? 不思議な分類法だと思うのですが」

「さすがですわ、ブリジット。わたくしも、その分類には不満がございます。どう考えても不備がある分類ですもの。にも拘わらず、"天上"にてその分類がもっとも広く使われていた理由はなぜか」


 出汁とタレを混合した不可思議な分類が、いつまでも長く使われ続けているのは、どうしてか。それは。


「通例ですわ」

「……つ、通例なのですか?」


 インスタント麺の商品名がそのままジャンルとして定着したとか、日本の四つの地方のラーメンが由来だとか、いろいろな説があるようですけれど、その分類が使われ続ける理由はただひとつ。ずっと使われていて、今さら変えられないからですの。


「そういう分類が広まっている以上、その分類の中で説明するのがいちばん楽ですからね。それに……ちゃんと分類するには、ラーメンは種類が多すぎますもの」


 メジャーな出汁だけでも、鶏、豚、牛、魚介と分けられますし、魚介の中でもカツオや昆布だけでなく、鯛出汁だったり煮干しだったりと種類があるのです。さらに、それらの組み合わせを個別に分類していくと、きりがございません。

 タレは醤油、塩、味噌に大別できるでしょうけれど、大豆醤油か魚醤かとか、塩はどこのを使っているかとか、味噌は赤か白かとか、無限に分けられてしまいます。

 麺で分類することもできますわね。例えば、札幌のラーメンなどは、ちぢれた黄色い麺を特徴としております。太麺、細麺、中太麺、ストレートかちぢれ麺か。

 麺のビジュアルでだって、分けられてしまいます。いわゆる背脂チャッチャ系や家系、果てには"意識高い系"なんて分類すらございますゆえ、複雑怪奇でございます。


 ……まあとにかく、大事なことは。


「詳細な分類を必要とするのは、ラーメンの研究を職業にしている人か、よほどのマニアくらいで、大多数のひとにとっては分類なんてどうでもいい(・・・・・・)んですのよね。だって――、いえ、この話はここまでにしておきましょう」


 さて、出汁に戻りましょう。十分に抽出されておりますので、ガラを取り出し、出汁を布で濾して不純物や取りきれなかった骨片等を取り去ります。

 あとに残るのは、黄色がかった鶏のスープだけ。

 さっそく、出汁を少しだけ器に入れて飲んでみます。

 ……うーむ。むむむ。


「どうですか、レオお嬢様」

「旨味が足りません。種類が少ないのでしょうね。干しキノコや玉ねぎなども試してみるべきかしら。もっとガツンとした旨味が欲しいですし、やはり豚骨も試さないとダメですわね。臭みも出ていますし、臭い消しについては再考しなければなりません。まあ、でも……」


 課題は山積みけれど、ひとまず及第点と言っていいでしょう。

 なぜって?


「……わたくし、ちょっと、泣いちゃいそうでございます」


 懐かしい味に、舌が、脳が喜んでおります。

 ブリジットが呆れた顔で「よかったですね、レオお嬢様」と言って、わたくしの目じりを拭ってくださいました。

 あとはタレ、香味油、麺、そしてトッピング類を作らねばなりません。

 やることは山積みでございますけれど、筋道が見えていないわけではございません。


「製麺機はいつ頃に届く予定でしたっけ」

「来週には、と鍛冶屋は申しておりました」


 ふむ。製麺機のテストやチャーシューの試作にも時間をかけたいところですけれど、期限を決めなければ、いつまでも完成しないでしょう。

 ラーメンに完成形はないわけですから。なので、わたくしは決めました。


「ブリジット。夏の終わりに、ラーメン試食会を執り行おうと思いますの。その試食会に、あなたの弟妹も連れてきていただけませんか」

「え? ええと、弟たちを、ですか? 構いませんが……なぜです?」

「あなたにはお世話になっておりますから。それに、弟妹には美味しいものを食べてほしいって、言っていたでしょう? わたくしも同年代のお友達が欲しいんですの。ね、お願いいたしますわ」

「……そういうことであれば、はい。連れてまいりますけれど……」


 不審がりますわよね。聡明なあなたは自分だけ逃げてしまいそうですもの。


 先ほど言えなかったこと。

 大多数のひとにとって、分類なんてどうでもいいのです。

 大多数のひとにとって、大切なのは――。


 ――美味しいか、美味しくないか。ただ、それだけ。


 だから、このラーメンは、いわば挑戦状なのでございます。

 『美味しい』がわからない、あなた(ブリジット)への。




面白い! 続きが気になる! と思われたそこのあなた!


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