33 幕間:ロランの空回り(前半)
塔の前庭での訓練中に、ヴァレリーが俺に提案した「返せないほどの恩を売る」ための策。
それは……。
「騎士を貸し出す?」
「そうでございます、ロラン坊ちゃま」
型稽古を続けながら、俺は汗だくで考える。
「騎士がいなければ、ラシュレー領は"黒獅子"の対応に困る。俺の顔を立てて騎士を貸し出せば、ラシュレー領は助かり、レオノルは俺に恩ができる」
「それも大恩が、でございますねぇ。なんせ、厄災を解決するわけですから」
「俺が首を縦に振らなくたって、もう話は進んでるんだろ。悪い大人どものよくやる手だ」
どうせ、すでに騎士たちの派遣を渋る家を回って、臨時の同盟関係を構築しているのだろう。
俺が断らないと思っている。……断るだけの力がない、と。
「ご明察。ですが、ロラン坊ちゃまが旗印になってやるからこそ、意味がある策なのは確かでございます」
「……母上は、なんと?」
「任せる、とおっしゃられましたよ」
任せる……、それは誰にだろうか。ヴァレリーに? あるいは、俺に?
どっちでも同じことだ。やるしかないんだから。
「わかった。俺の顔を立てて、ラシュレー家に恩を売れ」
「かしこまりました。……本日の訓練は、このあたりにしておきましょうか」
ヴァレリーがそう言ったので、俺は型稽古をやめて木剣を下げた。
メイドからタオルを受け取って汗を拭きつつ、ふと、気になったことを聞いてみる。
「なあ、ヴァレリー。もしかしてレオノルも"黒の森"に行くのか? 聖女なんだし」
「場合によっては、そうなるかと。聖女と厄災は吉兆と凶兆、表と裏でございますから」
なぜか、俺の脳裏に聖女レオノル、あのちんちくりんの顔が浮かんだ。
金の髪をふわりと弾ませ、屈託のない笑顔を浮かべている。
「そうか。……"黒獅子"は死期の近い者に惹かれるんだったな」
「そういう話もございますねぇ。ただの伝承ではございますが」
「なら、病かなにかで死にかけの騎士も連れていけ。囮に使えるだろう。レオノルの身になにかあると、その、困るからな」
「……なるほど。御意にございます」
からかわれると思ったのだが、意外にもヴァレリーはただ頭を下げただけだった。
討伐隊の偵察部隊を組んでラシュレー領に先乗りさせた際、俺もついていくことになった。
悪い大人の誰かが、討伐隊の旗印たる俺を、現場に置いておきたかったらしい。
とはいえ、下町の宿屋で待つだけの、暇な時間になるはずだったのだが……。
「レオノルが"黒獅子"と戦闘を!? なんでそんなことになった!?」
部隊が逃げ帰ってきて、報告を聞いて、俺は居ても立っても居られなくなった。レオノルが"黒獅子"と戦闘? そんなの――絶対に、死んでしまうじゃないか。
そうならないように、死にかけの老騎士をつけたというのに。
すぐに俺も屋敷に向かおうと思った。しかし、お付きのメイドに「宿屋に留まるよう言われている」と制止されたのだ。それでも行くと言い張り、無理やりにでも宿屋を出ようとしたのだが……。
「お茶でも飲んで、落ち着かれませ」
差し出されたその茶に、おそらく気を鎮める薬かなにかが仕込まれていたのだろう。
俺は眠りに落ちてしまったのだ。……周囲の者に気を許した俺が悪い。
そして、起きてすぐに、宿屋の俺の部屋にレオノルがやってきて。
「おお、レオノル! 無事でよかっ――いや、その、なんだ。ふん、こんな時間にわざわざ何の用だ、ちんちくりん」
あいつは、以前に会ったときよりも恐ろしい雰囲気で。
「聖女びんたでございます」
と。俺は二度も叩かれたのである。
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