31 特許とお買い物(前半)
王都はすっかり夏めいて、宿屋の窓からはからりと乾いた風が吹き込んでまいります。湿気が低くて日本よりも過ごしやすいですわね。
ラシュレー領よりも井戸が南にあるからか、少し暑いですけれど。
「レオお嬢様、お説教の最中によそ見とは、良い度胸ですね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
対面の椅子に座っているブリジットが、低い声で出しました。
かれこれ数十分、くどくどとお小言をいただいているわたくしです。とはいえ、ブリジットも疲れてきたのでしょう。はあ、と嘆息して立ち上がり、ぐいーっと体を延ばしました。
「まったく。欲しいものがたくさんあって決め切れないから、なにが欲しいか決めてから連絡するとでも言えばよかったのです」
「でも、わたくし六歳児ですしぃ。先延ばし案なんて、急に思いつきませんの」
「六歳児は大型モンスターを倒してペットにしません」
それを言われると全部終わりますわね。
「まあ、直接お金を要求しなかっただけ、いいとしましょうか。……ですが、そもそも商店経営権を得たところで、なにを売るというのです? 大方、ラーメン製作の元手が欲しかったのでしょうけれど、売り物がなければ意味がありません」
「……あっ」
も、盲点! 盲点でしたわ! 確かに、商店経営権だけあっても、売るものがないとお金にはなりませんの。
「うう。素敵な市場があったので、物色して帰りたかったのですけれど……」
「王都市場なら、丸鶏十羽でも、専用の機材でも、すぐに手に入るでしょうね。……では、ひとつ提案いたします。知識を販売する、というのはいかがでしょうか」
「知識を?」
「レオお嬢様は"天上"の知識をお持ちです。はるか進んだ技術の知恵を。それをいくつか見繕って簡単なサンプルを作り、いただいた商店経営権を後ろ盾にして商業ギルドに提示し、技術特許を申請すれば、それなりの金額にはなるかと」
「……そんなこと可能ですの?」
「私の見立てが正しければ、ですが」
ふむ。内政モノっぽい展開になって参りましたわね。テンションやや上がりですの。
「とはいえ、過度に地球の知識を広めて、女神様に怒られないかしら……、そこだけちょっと不安でして」
『別にいいですよ』
「ホワァッ!? いきなり神託!?」
脳内にいつもの女性の声が響いて、椅子から跳びあがってしまいましたの。ブリジットもびっくりしてわたくしを見ています。
『相変わらず驚き方がうるさいですね、あなたは。……どんな知識であれ、広めることを悪とは言いません。ご自由になさってください』
「え? もしかして、わざわざそれを言うために神託を?」
『いいえ。警告のためです。……気を付けてください、凶兆は去っていません』
は? なんですって?
「ムギはもう暴れたりしませんわよ? "黒獅子"が厄災ではなかった、と?」
『厄災のひとつではあるでしょう。ですが、すべてではありません』
まだ続きがある……のでしょうか。
「……わたくしはなにをすれば?」
『ただ、"黒の森"近辺にいれば、それで構いません。それでは』
そして、女神様の声は聞こえなくなりました。お忙しそうですわね。
わたくしを見守っていたブリジットが、おそるおそる声をかけてきます。
「神託を賜ったのですか? ……厄災が、まだ続くと?」
「ええ。帰ったら、お父様とお母様にも相談いたしましょう。……市場で買い物はいたしますけれど、早めに済ませるといたしましょう。ブリジット、特許を売るとして、どんな技術がいいと思われますの?」
「そうですね。明日か明後日には王都を発ってラシュレー領に戻るとして、これまで、レオお嬢様のお話を聞いて来た中では……、二つ、候補がございます」
というわけで、その二つの技術について話し合い、お小遣いで買える範囲でささっと素材を買って、せっせこ工作に励み……。
そして、その日の午後には、わたくしたちは王都の商業ギルドから大手を振って退出しておりました。大袋いっぱいの金貨を抱えて、です。
「良い値段がつきましたわね! さすがブリジットですの!」
「お褒めに預かり光栄です、レオお嬢様」
いやー、こんな短時間で大金が手に入るなんて。人生チョロいですわねぇ。
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