28 怒りのあまり護衛騎士をぜんぶ倒してしまいましたわ~!(後半)
下町でいちばんお高い宿屋は、なるほど、高貴なお方が泊まっているのだとひと目でわかりました。だって……。
「むっ! その黒い獅子はまさか……!」「であえ、であえーい!」「聖女様ご乱心! 聖女様ご乱心のご様子! 取り押さえろ!」「人間だと思うな、小さな巨人だと思え!」「"黒獅子"に気をつけろ!」
お屋敷に来ていた護衛騎士様たちの倍ほどの数、鎧を着た方々が控えておられるのですもの。
もう夜だというのに、庭にかがり火まで焚いて。
わたくしはムギから降りて、喉をなでなでします。お、やわっこい。
「ムギ、ちょっとここでお座りして待っていていただけますの? あ、人間は噛んだら、めっ、ですのよ?」
喉をゴロゴロ鳴らして、ムギが伏せました。いい子ですの。さて……。
「騎士の皆様。わたくし、ロラン様に会いに参っただけですの。危害を加える気はちょっとしかございません。邪魔する方には聖女手刀で首筋をトンッとして気絶していただくことになりますので、ご了承くださいませ」
にっこり笑って愛想よくご挨拶したのですが、皆様わりとちゃんとお仕事をする方でしたので、わたくしは庭を跳ね回ることになりました。
宿屋の二階、もっともよいお部屋の扉を開けると、青い顔をした世話役らしきメイドさんと寝間着のロラン様がおられました。
メイドさんはわたくしから一番遠い壁際に寄っていて、ロラン様を守る気はないようでございます。騎士様と違って職務怠慢ですの。
「おお、レオノル! 無事でよかっ――いや、その、なんだ。ふん、こんな時間にわざわざ何の用だ、ちんちくりん」
当のロラン様は眠そうに目をこすりつつ、そんな呑気な発言をいたしました。外の騒動は聞こえていなかったのでしょうか。寝ていたのかもしれません。
「ごきげんよう、ロラン様。良い夜ですわね。では失礼いたしまして……」
しずしずと淑女らしく近寄り、身体強化を一旦オフにして、と。
「聖女びんたでございます」
ぺちん、と王子様の頬に平手をカマします。
強化なしの六歳の平手なんて、大した力ではありませんけれど……、ロラン様は十秒ほどたっぷりとあっけに取られてから、顔を真っ赤に染められました。
「お――王子を叩くとは何事だ!? 聖女とはいえ、許される行為ではな――」
「追撃の聖女裏びんたでございます」
「――ヘブッ!?」
今度は逆から手の甲でびんた。これで往復でございます。……わたくしも手が痺れますの。
「な……なんで叩く!? 二回も!」
「ロラン様、老騎士を囮として随行させましたわね?」
「……あ」
問うと、彼は気まずそうに顔を逸らしました。
「いやその、結果的に"黒獅子"を呼び寄せてしまったのは、単なる不手際だったんだ。安全圏まで"黒獅子"が降りてくるなんて、思っていなくてだな」
「わたくしが怒っているところは、そこじゃねェんですの。死にかけの人間を囮にするという行為そのものが許せないと言っているのです」
わたくしの言葉に、しかし、ロラン様は首をかしげました。
「なんでだ? 死を嗅ぎ分けるならば、死にかけの者を囮として用意しておけば、撤退はたやすいだろう。便利じゃないか」
便利? 便利ですって?
思わず目を吊り上げると、ロラン様がわたわたと手を振って後ずさります。
「いったい、なんでそんなに怒っているんだよ!?」
……え、そこからですの? そこから、わからないんですの?
「……わたくしが巻き込まれたのは、いいのです。ムカつきはしますけれど、結果的にムギと出会えましたし、厄災を最小限におさめられたとも言えますから。でも、ロラン様――あなた、人の命をなんだと思っておられますの?」
「うん? 命は命だろう。質問の意味が分からん」
ロラン様は、きょとんと首をかしげられました。
……まさか、こんなにも言葉が通じないなんて、思っておりませんでした。いえ、転生者ではない六歳児としては、異例の賢さなのでしょうけれど。
「ああ、俺があいつに無理やり命令したと思っているんだな? それは違うぞ、やつは納得の上で随行を承諾したんだ。名誉の死だと言ってな」
「便利と言ったり、名誉と言ったり……。ねえ、本当にお分かりになりませんの? 使い捨てるつもりで命を扱うことの非道さが」
「非道? なんで? 為政者というのは、下々の命を使い捨てるものだろう? ……わからんな、おまえは結局、俺になにをしてほしいんだ?」
駄目ですわね、わたくしの話が通じませんの。違う理屈で話しているというか……。それがこの世界の権力者の当たり前なのかもしれませんけれど、わたくしは納得できかねます。
「……謝ってくださいな。あの老騎士に」
「なぜ? どうして王子の俺が謝らなきゃならないんだ。そんなことをしたら箔が落ちて、王の座が遠のいてしまう」
「謝ることは出来ないと?」
「謝罪は弱者のふるまいだ。王のふるまいじゃない」
そうですか。
……であれば、わたくしが怒りを向ける先は、このお方ではないのでしょう。このお方の周りにいらっしゃる方々に原因があるのです。
壁際のメイドさんに視線を向け、「ロラン様を連れて王都に向かいますので、そうお伝えくださいませ」とお願いしておきます。彼女はコクコクうなずきました。
「お、王都? いまから? おいちんちくり、馬車でも二日、川を下っても丸一日の距離だぞ。出るにしても、明日の朝にして――」
「大丈夫ですの、もっと早い獅子がおりますので」
外に出てムギを見たロラン様はびっくりして気絶してしまったので、これ幸いと担ぎ上げて輸送いたしました。
ムギの足ならば、半日もせずに着くでしょう。……何気、初の王都ですわね。
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