27 怒りのあまり護衛騎士をぜんぶ倒してしまいましたわ~!(前半)
「いいえ。あの老騎士を連れて行ったのは、アタシの独断でございます」
わたくしの問いかけに、そう応じるヴァレリーさんですけれど。
「うそおっしゃい。ヴァレリーさん、あなた『アタシが坊ちゃまに怒られてしまいます』と言いましたでしょう」
彼女は、しまった、と顔をしかめられました。
「ロラン様、ここに来ているんですの? それとも王宮かしら? いえ、お答えにならなくてもけっこうですの。――ブリジット!」
「はい、ただいま」
わたくしの優秀な教育係は、地面にぺたりと伏せて喉をゴロゴロ鳴らしているムギを横目で見つつ、一枚の紙を取り出しました。
……なんで縮んじゃったのかしらね? カワイイからいいですけれども。毛並みもモフモフしておりますし。
「ロラン・ランボーヴィル・レヴェイヨン様は、下町の高級宿に滞在中かと。ランボーヴィル派閥の騎士様たちは同じ宿に泊まっていらっしゃるようですが、半数以上が宿に留まっているようです。誰かを守るかのように」
「あら、近くて助かりましたわ。ほんじゃ、ちょっくら泣かせに参りましょうか。わたくしムカついておりますので」
「レオお嬢様、お言葉が……、まあいいです」
ヴァレリーさんがぎょっとした顔で、わたくしの前に膝をついて「お待ちを!」と叫びました。
「"黒獅子"を呼び出してしまったこと、これは作為ではないのです! 思惑とは逆に作用してしまいましたが、ロラン坊ちゃまが聖女様の御身を案じ、いざというときの囮とするため不治の病に侵された老騎士を随行させただけのこと!」
わかっておりませんわねぇ。
「それが気に食わねェつってんですの。おわかりになりません?」
ヴァレリーさんは顔を上げて、まっすぐわたくしを見つめました。
「わからないわけではありません。しかし、それが騎士というものです。どうか、矛を収めてはいただけませんか」
「あいにく、わたくしの得物は拳でございます。収める鞘がございませんわ」
「……ならば、アタシどもも拳を握らせていただくしかありませんねぇ」
紫髪の女騎士は溜息を吐いて立ち上がり、腰の剣を鞘ごと外し、庭の芝生に放り投げました。部下の騎士様たちも同様に、剣を芝生に転がしておられます。
「おや、それはうちの娘を殴るって意味ですか? 六歳の娘を」
お父様が目を細めて問いかけると、ヴァレリーさんは苦笑しました。
「これでも護衛騎士なもんでねェ。取り押さえたいだけで、敵対の意思はありませんとも。……"黒獅子"を殴り倒せる御方に拳闘なんて仕掛けたくはないですけども、アタシらも仕事はやらなきゃならないものですから」
つまり、わたくしに殴られたいと?
よろしい、いくらでも殴って差し上げましょう。
……と、視界の端で、お母様が頭痛を押さえるかのように、こめかみを指でぐりぐりされているのが目に入りました。
「もう、私も拳を握っちゃおうかしら。バカ娘を殴るのに」
「ルイーズ、気持ちはわかるが、子供の喧嘩だ。……と、思うことにしよう」
「……ええ、そうね。喧嘩が終わったら、たくさんお説教をしなきゃいけないわね」
う、お説教確定。お母様のお説教は、いろいろと疲れますのよね。冒険者としての経験からか、わたくしには貴族らしくあってほしいと思っているようで……。わたくしとは価値観がけっこう違うのですわ。
まあ、大暴れの代償がお説教程度で済むなら、安いものですの。
「ひとつ忠言がございますけれど、レオお嬢様――」
ブリジットが、くい、と眼鏡を上げました。言いたいことはわかります。
「大丈夫ですわ、手加減は忘れませんの」
「――いえ、護衛騎士様はみな、強力な身体強化の使い手であらせられますので。多少強めに行っても大丈夫かと思います」
ヴァレリーさんが頬をひくっとさせました。
「……弱めにしちゃくれませんかねぇ」
「いちおう言っておきますけれど、わたくし、あなたがたにも怒っておりますからね」
「そりゃ当然ですねぇ。部下ども、覚悟を決めな。……受け身はしっかり取るようにな。では、ご無礼!」
神妙な顔で騎士様たちがうなずいて、わたくしを取り押さえようと青い顔で迫ってまいります。では、わたくしも両の拳を握って……、さて。
しばらくの間、お屋敷のお庭にはなにかを殴打する音と、ぎゃあ、とか、ぐわーっ、などの悲鳴が響き渡ったのでございます。
一仕事終えたわたくしは、手をパンパンと叩きながら、あくびをしているムギに「乗せてくださいな」とお願いします。宿まで乗せていってもらいましょう。
ムギは後ろ足で頭を掻きつつ、庭の隅に積み上げられた騎士様たちを一瞥して、笑うみたいにギニャオと鳴きました。
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