25 聖女と"黒獅子"(前半)
デッカいライオンさんは、ぐるると喉奥から鳴き声を漏らしております。
ばっちり目が合っておりますわね。こっわ。
「お、お嬢様を逃がせ! 急げ!」
ラシュレー領の騎士様たちが声を上げ、馬を反転させました。
馬たちも"黒獅子"の存在に気付き、わななきながら駆け出します。
「馬にも私にも気配を感じさせないとは! さすがは半精霊ですねぇ」
並走するヴァレリーさんも額に冷や汗をにじませています。
「ちょっと! どうして体調のすぐれない方を連れてきたんですの!?」
「……ちょっといろいろと想定外でございましてねぇ。まあ、いまはそれどころではないでしょう」
わたくしたちの上を、黒い影が通り過ぎていきました。
音もなく正面に"黒獅子"が着地し、馬たちがいなないて足をどたばたと動かし、騎士様たちは必死に手綱を操ってコントロールを試みます。……ただ、"黒獅子"は馬たちには目もくれず、興味深そうに老騎士様を見て、鼻をひくひくと動かしておりますの。
馬には興味がない、ということなのでしょう。
同じ判断をしたのか、老騎士様が「うむ……!」とうなずいて、馬からひらりと跳び降りました。――って、なにを!?
「この老骨が狙いなのだろう! さあ、かかってくるがよい! ヴァレリー殿、最期の役目、しかと果たさせていただく!」
最期の役目? 不穏な単語ですの。……もしかして、ですけれど。
「ヴァレリーさん、老騎士様を故意に連れてきましたのね? そうですのね!?」
紫髪の女騎士はなにも答えません。
ならば、それが逆に答えなのでしょう。
「沈黙――それが正しい答えなのだと? あのねぇ、あなた……!」
「お嬢様、いまはとにかく逃げましょう」
わたくしを抱える騎士がそう言って、さらに馬を反転させようとしましたけれど、逃げるなんてありえませんわ。
わたくしは馬の背から「とうっ」と跳びあがり、高速のステップで"黒獅子"と老騎士様のあいだに割り込みました。"黒獅子"がわたくしを見て、ふんふんと鼻を鳴らします。
「聖女様! お待ちを! アタシが坊ちゃまに怒られてしまいます!」
「わたくしはねェ、聖句なんてひとつもおぼえていないぽんこつ聖女ですけれど……、他人を囮にして逃げるほど、人間が腐っちゃあいねェんですのよッ!」
怒声に反応してか、観察に徹していた"黒獅子"が、ぐるると唸って右足を振り上げました。爪がぎらりと夏の日差しを浴びて輝きます。
……そっちがその気なら!
まずは老騎士様の鎧を掴んで、優しく騎士さんたちのほうへ放り投げます。次にくるりと回転しながら跳びあがり、振り下ろされた爪を回避して――。
「聖女パンチですの……!」
常時発動の身体強化に、さらに【飢餓のテクセリア】由来の魔力を上乗せして身体強化を重ね掛けした拳の一撃。振った拳の余波だけで庭の花をすべて散らしてしまい、庭師さんを泣かせてブリジットにドチャクソ怒られた必殺技ですわ!
狙うは鼻先! いくら"黒獅子"といえど、聖女パンチが当たればひとたまりも……!
「いけません! "黒獅子"に物理攻撃は……!」
ヴァレリーさんが叫びます。そ、そうでしたわ!
わたくしのおゴリラパワーでも、物理攻撃が利かない"黒獅子"には意味が――。
ゴッ!
「――あら?」
ちっちゃな拳に肉を叩く感触が伝わって、"黒獅子"の巨体が吹き飛びましたの。
バキバキ音を立てて木々をなぎ倒し、黒いライオンが大地に転がり、大地を抉って止まりました。
「……なんか、殴れましたわね?」
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