23 いざ"黒の森"へ(前半)
「は、はあ!? わたくしに討伐隊に加われとおっしゃるのでございますか!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまったわたくしです。
今回ばかりはブリジットもおめめを驚きでぱちくりさせており、わたくしの乱れた言葉遣いを正す余裕はなさそうですの。
「ええ、そうでございます」
と、すまし顔で言うのはロラン様の騎士、ヴァレリーさん。
今度は単身で我がラシュレー家の屋敷に、また手紙を持って参られたのですけれど、此度の手紙のあて先はわたくしでございました。
応接室のソファにはお父様とお母様とわたくしが並んで座り、机を挟んで対面の椅子にはヴァレリーさんが腰かけておられます。ブリジットはわたくしの背後に控えていてくれますの。
机の上に置かれたお手紙の送り主は、なんと、ルネ・ランボーヴィル様。……と、連名で貴族の方々のお名前がいくつも並んでおります。
本文よりも、ずらりと並ぶたくさんのお名前リストのほうが長いお手紙を見て、くらくらしてしまいますの。
「聖女は厄災の近くに居なければいけないのでしょう? であれば、聖女レオノル様も"黒の森"に同行していただくのが最善であると、"黒獅子"討伐隊は判断いたしました」
「だからって、私達が六歳の娘を"黒の森"に送り出すとお思いなのかしら?」
お母様がヴァレリーさんを睨みつけます。
「僕らでさえ、"黒の森"に潜り始めたのは十歳からだ。さて、どういう悪だくみなのかな?」
お父様も、微笑みながら――しかし、普段よりもお声が少し低いですの。な、なんだか恐ろしいですわ。
「いえいえ。ただ、聖女様のご威光をお借りしたいだけなのです。いくら神託があり、うまくいくと言われても、"黒獅子"が相手では身もすくみます。貴族たちは大切な騎士を失いたくはないのですよ」
「……なるほど、そういう建付けかい。ここに名前のある貴族たちは、レオノルを前線に出さない限り、騎士を討伐隊に参加させない――そうだね?」
お父様の問いかけに、ヴァレリーさんは微笑みだけで返しました。
え? 騎士を派遣しない? "黒獅子"討伐にお力を貸していただけないのですか? ……わたくしが前線に行かない限り? なぜそんな条件を?
「なんでもいいから理由をつけて、僕らに恩を売って、聖女の行動を操ったのだ……と、そういう実績が欲しいんだろう? きみたちの派閥はさ」
「呆れたわ。そうまでして権力が欲しいの? ランボーヴィルのお嬢さんは」
「さあ。アタシはただの手先ですからねぇ。ただ、今回署名していただいたお貴族様たちの中には、ランボーヴィルの派閥ではない方々も多くいらっしゃいます。単なる建前ではなく、本当に"黒獅子"を恐れている方々が、ね」
お父様とお母様が、険しいお顔で黙ってしまわれました。
……な、なんか、難しいお話ですわねぇ。お二人とも考え込んでいるようですし、わたくしは後ろに控えるブリジットに質問することにいたします。
「あの、ブリジット? 騎士様の派遣って、必要なんですの? なんかこう、我がラシュレー領の騎士さん達や、冒険者さんたちがうまいこと『えいやっ』とやってくれたりしませんの?」
「うちは騎士が少ないんですよ、レオお嬢様。……その、旦那様と奥様が、大抵の騎士より強いので。冒険者に関しては、"黒獅子"と聞いて逃げ出すものもいるでしょうし、十分な数が確保できないかと。彼らは連携を取るのが苦手ですし」
ほ、ほう。お二人は守られる必要がないほど強い、と。
しかし、今回のように隊を編成して打って出なければならない場合は、訓練された騎士が一定数以上必要ですし、そうなると借りるしかないわけで……。
うーん、もう単刀直入に聞いてしまいましょう。
「お父様。ほかのおうちの騎士様がたをお借りできないと、厳しい感じですの?」
「……うん。騎士がいないと、厳しい感じだ。だけど、こうやって押し付けられた借りは、のちのちレオノルを苦しめることになる。それは僕らの本意じゃないんだ。なにか、他の方法を考えないと……」
「わかりました。それじゃ、わたくしも討伐隊に同行いたしますの。――やはり"黒の森"ですか……いつ出発しますの? わたくしも討伐隊に同行いたします」
「レオお嬢様、なぜわざわざ言い直したのです……?」
わたくしの伝わらない地球ジョークを無視して、お母様が「お待ちなさい」と言葉を挟みます。
「レオノル、あなたの将来に、大きな影響を与えるかもしれないのよ? 子供が軽々に判断していいことじゃないの、これは」
「でもお母様、大事なのは、いま、きちんと厄災に対応することではありませんか? わたくしは、ほとんどお屋敷から出たことはありませんけれど、街には出入りする商人さんや、料理長ドニや使用人さんたちのご家族や、それに――とにかく、たくさんの民がいるのでしょう?」
……それに、街にはブリジットの弟妹がいる孤児院もあるはずですの。
彼女が「自分のせいで判断を誤らせた」と思ってしまうかもしれませんから、わざわざこの場では言いませんけれど、ブリジットの家族はわたくしの家族も同然。
ちょっと森までピクニックに行くだけで騎士様を借りられるなら、安いものございましょう。
「ならば、領民の危機に、わたくしが立たない理由はございませんわ!」
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