22 幕間:ロランの悪だくみ(後半)
しばらく経った、初夏の昼下がり。剣術の訓練中、ヴァレリーが俺に言った。
「知っておられますか、ロラン坊ちゃま。"黒の森"に"死を告げる黒獅子"が出たかもしれないそうでございます」
「……"黒獅子"が? 本当にいるのか? 神話級のモンスターじゃないか」
今日は王宮の庭で型稽古だ。
宮廷剣術は、魔法の杖と剣を合体させた魔法剣の武術。得意な属性、使用する剣の種類、好みや適性によって、さまざまな流派と型がある。通常、剣士はその中からひとつの流派と、攻めや守りにあわせたいくつかの型を選ぶものだ。
……とはいえ、六歳の俺に教えられているのは、二つの流派の基本の型だけだ。
王国剣術大会三位の実力者であるヴァレリーは、どの流派のどんな型でも見事に実演してくれるし、必ず隣で木剣を振ってくれる。
悪い大人たち側の人間だから、性格や人間性はいまいち信用しきれないが、剣の師匠としては一流なのだ。
「ロラン坊ちゃま、話しながらでも型を乱さずに。肩を引いて。――そう、そうです。でねぇ、"黒獅子"の件ですが、どうやら聖女様の神託だそうで。王都の騎士団や冒険者にも声がかかっていて、てんやわんやでございますよ」
「いるのは確定ってことか。……おまえも行くのか?」
「さて、アタシの剣術はどちらかといえば対人向けですからねぇ。行けと言われれば行きますが、ね」
型を整え、足を踏み込み、素振り。続けて連撃の型を整え、足を踏み込んで、また素振り。最初の型に戻す。
「……あー、レオノルは大丈夫なのか? "黒獅子"なんかが出たら、ラシュレー領は大変なことになるんじゃないのか」
単調な繰り返しの中で、木剣が最初よりもずっと重たく感じるようになる。ヴァレリーはよく「魔法剣士は筋肉を軽視しがちですが、アタシに言わせりゃ逆ですよ。魔法を扱うからこそ、最後は体がモノを言うんでございます」と言う。
だから、素振りは木剣が重たくなるまで、走り込みは足が重たくなるまでやるのが、我が師匠の流儀だ。
そんな我が師匠は、にやりと微笑んだ。
「心配ですか、坊ちゃま。あの強くて可愛い女の子のことが。あらあら」
はん、と鼻で笑い飛ばす。
「勘違いするな。無事でなければ、俺のほうが上だとわからせられないだろ」
「剣筋がぶれておりますよ、話しながらでも心は乱さないように」
……うるさい師匠だ。無視して稽古を続ける。
「……で、本題ですがね。その件でひとつ、アタシの雇い主から提言がございましてねぇ、ロラン坊ちゃま。わからせ方にもいろいろと種類があるんですよ」
「種類? 悪い大人の言うことだが、聞くだけ聞いてやる」
「ええ。直接勝って威を示す以外にも、例えば――」
ヴァレリーは、風切り音と共に木剣を振った。
「――返せないほどの恩を売る、というのは、いかがですかねぇ」
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