19 ラーメン製作計画(前半)
春先の誕生日と聖女認定の儀から、もうそろそろ三か月。
徐々に気温の上昇を感じる日々ですの。
"黒の森"に面したラシュレー領では"死を告げる黒獅子"に対する備えを続けております。王都や他家貴族、天上教会からの支援もあるそうですけれど、お父様もお母様も毎日忙しそうです。
さて、聖女ながら『いるだけでいい』わたくしは、特に対策に参加することもなく、自室で一枚の紙を机に広げておりました。
「さて。それでは、作戦を発表いたしますわ」
「は、はあ……」
ブリジットが気の抜けた返事をいたします。
先日、わたくしはブリジットに「ラーメンを作ります」と宣言いたしましたときも、彼女は「え、あ、はい」くらいの反応でしたけれど、わたくしは本気でございます。ゆえに、今日は紙にチャートを書き上げておいたのです。
ブリジットが机の横から紙を見て、興味深そうに読み上げます。
「ええと、『今回は丸鶏でシンプルな塩ラーメンを作る』……。ああ、ラーメン作りの計画書でございますか」
「ですの。まあ、探し続ける気ではありますけれど、醤油も昆布も鰹節もすぐには見つからないでしょうし、なくても作れそうなラーメンにチャレンジいたしますわ」
料理人のドニおじさんだけでなく、出入りの商人さんにもそれとなく聞いてみましたけれど、大豆を発酵させた調味料や干した海藻についての情報はありませんでしたから、一旦は諦めますの。
ブリジットが、次の行に目を移します。
「『第一段階は、材料の確保。丸鶏、野菜類、豚のブロック肉、麺。その他、酒や塩などの調味料、胡椒などの香辛料も必要』と。必要な分量は……丸鶏だけで十羽もですか!?」
「ええ。一羽の鶏から二杯か三杯ぶんほどのスープがとれるはずですから、失敗する可能性も加味して、十羽ほど確保しておきませんと」
「それは……。さすがは"天上"のお料理、豪勢ですね」
さらに次の行へ。
「『第二段階は、器具の確保。大型の寸胴鍋と製麺機があればよい』ですか。料理長ドニの製麺機ではダメなのですか?」
「悪くはないですが、ドニおじさんのは押し出し式でしょう?」
お屋敷の厨房にあるのは、片面に小さな穴の開いた筒に、練った小麦の生地を充填して、ところてんのようにぎゅぎゅっと押し出してロングパスタを成型するタイプですの。出来上がる麺は断面が丸く仕上がります。
しかし、ラーメンに使用するなら、四角い断面の麺の方がらしいではありませんか。シート状に加工してから細長くカットするタイプの製麺機が欲しいところです。
「書き出してみると、意外と簡単に集まる気がしてきましたわ。鶏ならどこでも飼っているはずですし、お野菜だって地球同様のものがあるはずでございますし!」
第一に、材料。
第二に、器具。
あとは試行錯誤するだけ……。
なんだ、余裕じゃありませんの!
「あの、レオお嬢様。腕組みしてふんぞり返るのはマナー的におやめください。それと、製作プランについてご指摘させていただきたいのですけれど――」
「なんですの?」
ブリジットは紙の一番上、余白に人差し指を置きました。
「――第一、第二の前に……、第ゼロのものが必要です」
「第ゼロのもの? なんかカッコいいですわね。なんでしょうか、やはり覚悟とか根性とかでしょうか」
「いえ、そうではなくて」
困ったように眉を寄せて、彼女は言いました。
「『第ゼロ段階は、資金の確保』でございます。……恐れながら、レオお嬢様のお小遣いでこれらの材料をそろえるのは不可能かと存じます」
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