18 思い出の味(後半)
目覚めると、ブリジットもベッド脇の椅子に座ったまま、瞳を閉じていました。すうすう、と規則正しい寝息が聞こえます。
音を立てないように体を起こして、ベッドを降りました。窓から見える空は薄く赤みがかっていて、もうそろそろ夕飯時です。彼女を起こさないといけません。
視線をブリジットに戻して、でも、すぐには起こさず、じっと観察してみます。
赤毛のおさげ。丸眼鏡。整った顔立ち。理知的で、大人っぽくて……でも、まだ十三歳の女の子。
たくさんの苦労を背負ってしまった、薄幸の女の子。
『美味しい』がわからない――、けれど、弟妹には『美味しい』を与えたいと願う女の子。
わたくしは、ブリジットとその弟妹達に、ラーメンを食べさせたいと思っています。
だって、辛いじゃありませんか。『美味しい』がわからないなんて、人生損しているじゃないですか。ただでさえ、たくさん苦労をしている女の子なのに。
だから、せめて『美味しい』を与えたいと思うのは、わたくしのエゴに過ぎないのでしょうか。
……ええ、わかっております。これはエゴに過ぎないのだと。
だって、なによりも、だれよりも、わたくし自身がラーメンを食べたいのですから。
一心不乱に麵を啜り、スープを飲み乾したいのです。
濃厚だけど食べやすい、きくらげの乗った豚骨ラーメンが食べたいのです。
魚介で出汁を取った、すっきりとした塩ラーメンが食べたいのです。
鶏のうまみがこれでもかってほど詰まった鶏白湯ラーメンが食べたいのです。
レンゲが立つほど濃厚な、鶏と豚のダブルスープのラーメンが食べたいのです。
あのラーメンも、このラーメンも。
……素朴な、昔ながらの、なんてことない醤油ラーメンも。
ぜんぶ、食べたいのです。もう一度――もう、何度でも。
「……エゴに過ぎないなら、あとは、わたくしの決意だけですわね」
そっと呟いて、ブリジットの肩を揺すります。
「起きて、ブリジット。もうすぐお夕飯の時間みたいですし、あなたに伝えたいこともございますの。ですから、そろそろ起きてくださいな」
作り方がわからないとか、材料がないとか。
いろいろな言い訳は、もう必要ありませんの。
赤毛のメイドは、薄く目を開けて、小首をかしげました。
「れ、れおおじょ……? ……ふあ、あっ、申し訳ありません! 私ったら、つい、うたたねを!」
「ブリジット。わたくし、決めましたの」
慌てる彼女に、宣言いたします。
「わたくし、自分でラーメンを作りますわ」
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