12 幕間:ロランの求婚(後半)
一日三回、朝7時、昼12時、夕方18時に更新しておりますわ~!
読み飛ばしにご注意くださいませ~!!
ラシュレーの屋敷で対面した聖女レオノルは、黄金の穂が並ぶ小麦畑のような長髪と、青空みたいなくりくりした瞳を持った女の子だった。
王都の職人が作ったどのお人形よりも美しくて、可憐で……。ふとした仕草に、目を奪われてしまうくらいに。
……これじゃ、いけない。最初が肝心なのだ。俺が上だと、わからせないと。
「よろしくお願いいたしますね、ロラン様」
聖女はスカートの端をつまんで、ちょこんと頭を下げた。
応じると負けた気がするから、俺は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
ヴァレリーとラシュレー辺境伯たちが何か話して、別室へ行ってしまった。ソファに座って対面する俺と聖女、それから壁際に立つメイドだけが部屋に残された。
「今日は天気がいいですわね、ロラン様」
聖女が微笑んでそう言った。
……馬車の中でヴァレリーから受けた助言を思い出す。
『よいですか、ロラン坊ちゃま。――女はみんな、身分の高い男にオラつかれ、ぞんざいに扱われるのが大好きなのです』
それはお前の好みじゃないのか、と思ったが、ヴァレリーは俺より十歳年上の十六歳。人生経験も豊富な"蝮竜"だ。言うことを聞けば間違いないはず。
なので、天気の話は無視する。レオノルの頬がぴくりと動いた。
……おお、なんか効いているみたいだぞ。
「ロラン様は、ご趣味はございます? わたくしは食べることと、寝ることですけれど」
次の話題は趣味か。趣味は剣の鍛錬と読書だ。だが、ここで正面から対応してはいけない。馬車の中の助言は、たしか……。
『あと、ニヒルな笑みで見下されたり、気障な言葉で罵られたりすると、ぞくぞくして参ってしまいます』
それもやっぱりお前の趣味じゃないのか、と思ったが、さっきは効いたのだ。これも信じよう。ついと顎を上げて、見下すような確度で……。
「……はん」
ニヒルっぽい笑い方をしてみる。どうだ?
レオノルの頬が、さらにびくびくと震えた。やはり、なんらかの効果はあるらしい。だったら、さらに畳みかけるしかない。
「……はぁ。わざわざ辺境まで来た挙句、こんなちんちくりんと婚約だなんて。俺もとことん運がないな」
気障な感じで言ってみた。すると、レオノルは笑顔を崩し、むっとした顔で俺を睨んだ。な、なんだ? 俺、なにか間違えたか?
「わ、わたくしだって、あなたみたいな礼儀を知らないおちびさんは、眼中にはございませんけれど!」
「レオお嬢様、どうか冷静に――」
メイドがなにか口を差し込んでいるが、ちょっと待て。いま、なんと言った?
「ち、ちびって言ったか!? 俺のこと! 背は俺のほうが高いだろ、見ればわかるじゃないか!」
「いいえ、わたくしのほうが高いですわ! ぜったい!」
聖女はソファを飛び降りて、俺に背中を向けた。
「さ、ロラン様。背中合わせに立ってくださいな。そうすれば、どちらの背が高いか一目瞭然ですの! ブリジット、測ってください」
売り言葉に買い言葉。俺もソファを飛び降りて、聖女の背中に、自分の背中をくっつけた。その結果は、もちろん。
「ほんの少しだけ、ロラン様のほうが高いかと思います」
ほら、俺のほうが高いじゃないか!
振り返って、敗北感で震える聖女レオノルを堂々と見下ろしてやった。
「ははん! やっぱりお前のほうが小さいじゃないか、ちんちくりん! 母上のお指図でなければ、おまえとなんか婚約してやらないんだからなっ! ありがたく思えよばーか!」
ばーか、は言いすぎか、と少し後悔したところで、聖女がきっと俺を睨みつけて、そして……、言った。
「そんなにわたくしと婚約したくないなら、嫌だと言えばいいではありませんか! 帰ってお母様に『やだよー』って泣きつきなさいな!」
――頭が真っ白になった。母上に……泣きつく?
俺が、母上に?
なにも、なにも知らないくせに、こいつはなにを言っているんだ!?
俺のことも、母上のことも、なにひとつ知っちゃいないくせに!
「う――うるさい! 俺を馬鹿にしたな、ちんちくりん! 許さん! 決闘だ!」
だから、どうしても抑えられなかったんだ。
●
だけど、レオノルは……、美しく可憐な令嬢ではなく、強靭で力強い戦乙女だった。見た目に騙されていたけれど、とんでもない。
魔力で編んだ刃を素手で叩き落し、一瞬で俺の目の前に現れたかと思うと、大地を踏んで地面を揺らし、拳の一撃で木剣を破裂させて、挙句……。
……お、おもら……。くそ!
俺にあんな屈辱を味わわせるなんて……!
「ヴァレリー。なんなんだ、あいつは」
帰りの船の中で、剣の師匠に問いかけてみる。あんなの、聞いてない。
「おそらく、冒険貴族のヴァレリー夫妻が仕込んだのでしょう。身体強化の出力だけなら、その辺の騎士より上でしたねぇ。当てる気がないとわかっていましたが、最後の一撃はアタシも肝が冷えましたよ」
「……どれだけ訓練すれば、あいつに勝てる?」
あいつに勝って、俺のほうが上なのだとわからせてやりたい。母上に面目が立たないし、それに……、ただただ悔しい。
ヴァレリーは少し思案して、ゆっくりと口を開いた。
「今すぐ、というのは無理でしょうねぇ。もう少し成長して体が出来上がり、身体強化も鍛えれば、坊ちゃまなら勝てますとも。剣術に関しては天賦の才がおありですし、十七、八歳くらいになれば……」
「それじゃダメだ! あいつは春先に六歳になったんだろ? 魔法学園への入学は五年後だ、それまでに上下関係をわからせないと、婚約後の政略に響く!」
どうしたものか、と指を噛む俺の頭を、ヴァレリーがそっと撫でた。
「……なんだ。なんで撫でるんだ」
「貴族どもの手先のアタシが言うことじゃありませんけどねぇ。坊ちゃまはもう少し、楽をしたり、気軽に生きたりしたほうがいいと思いますよ」
むっとして、頭の上の手を払いのける。
「うるさい。……もう疲れた、王都に着くまで寝るから、起こすな」
「はいはい、御意にございますとも」
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