第一部
エルロイは二日ほど前から城を探索していたという。彼の地図をスタンたちのものと合わせると、ガリウス城の全体図が浮かびあがってきた。
門は南と北にあり、本殿を囲むようによっつの塔が建っている。しかし塔の半分はすでに崩れ、北東と南西のものしか残っていなかった。
南西の塔にはブライアンが住む。
「ブライアン殿は、食事はどうしてるんだろうな……」
「もしかして、塔にいるワーラットのお爺さんのことですか?」
「そうだよ。まだ挨拶してないのか?」
スタンたちは城の一室に拠点を設け、少しずつ行動範囲を広げていった。
目的は百年前の真相を解き明かすこと。そしてサジタリアスの円盤を手に入れること。しかし城は百年のうちに荒れ果て、もはや廃墟でしかなかった。
「このあたりの壁はやけに黒ずんでんなあ」
「#$%&」
「なんだって、モーフィ? ……火事で焼けた?」
単に長い年月が経過しただけではない。あの災厄によって、城は壮絶な戦場となったのだろう。壁面には武器が当たったらしいキズも目立つ。
『広間の石碑にも目を通しておくとよいぞ』
ブライアンの助言に従い、スタンたちは手始めにその石碑とやらを探した。
「広間っていうくらいだしよぉ、多分、大きい部屋なんだろ?」
「小生たちが前に入った、あの部屋じゃないか? スタン」
ところがブライアンの言う『広間』が見付からず、首を傾げる。ニスが怪しんだのはダイニングルームだったようで、足の折れたテーブルくらいしか見当たらなかった。
スタンとニスで途方に暮れていると、エルロイが苦笑する。
「あの……僕は『謁見の間』のことだと思うのですが」
「#$%&!」
彼の言葉にモーフィも頷いた。
そもそもスタンたちは『城』という建物を知らない。国王一家の住む屋敷――その程度の認識であり、ここが王政の中枢であったなどと想像できるはずもなかった。
「要するに、王の前で家臣や騎士が集まるための場所があったんですよ」
「なるほど……礼拝堂みたいなものか」
ニスが『本当はわかっていた』とでも言いたげに相槌を打つ。
スタンは丸っこい頭をぽりぽりと掻いた。
「部下が王様に挨拶するためだけに、部屋があったって?」
「そうじゃないぞ、スタン。国王が臣下の者に挨拶『させる』ための部屋なんだ」
「どっちでも同じじゃねえか」
確かにリザードマンにせよ、ワーウルフにせよ、族長などの支配者は存在する。ただ、族長はあくまで集団生活を牽引するための役割であり、それ以上のものではなかった。
ガリウスが滅んで以降、この呪われた地で新たな国家は興っていない。何よりガリウスの民は侵略戦争を推し進めた第一人者である『王』を忌み嫌った。
「……で? 結局んとこ、その広間はどこにあるんだよ」
「王が権威を誇るための場所ですから、やはり城の中央でしょう」
博学なエルロイとともに、スタンたちはガリウス城の中心部を目指す。
だが、それらしい場所には大きな吹き抜けがあるだけだった。立派な扉こそあれ、その向こうは下のフロアへの階段となっている。
「部屋なんてどこにも……」
吹き抜けの真下には無数の瓦礫が積みあげられていた。
「#$%&」
モーフィが階段のほうから扉を開けては、また閉めるのを繰り返す。
「な~に遊んでんだよ? モーフィ」
「#$%&ッ!」
この毛むくじゃらは言葉を話せないため、何かとジェスチャーを多用した。
スタンには『いないいないばあ』で遊んでいるようにしか見えない。その一方でニスはモーフィの発想にはっとする。
「そうか! 小生たちの立っている『ここ』が、広間なのだ」
「はあ? お前までどうしたんだよ、ニス」
「この城が破壊される前の話だ。おそらく……あっちの壁まで足場があったのだろう」
目の前の吹き抜けは本来の構造ではなく、破壊の跡――その下に瓦礫が散乱していることも、それで一応の説明がついた。
ニスやモーフィの想像通りなら、家臣らは階段をあがった先で扉を開け、王との謁見に臨んだこととなる。
「僕もそう思いますよ、ニス。このラインにも壁があったものと……」
「それだと大きな長方形になるな」
ガリウス城の昔の姿を思い浮かべながら、スタンは吹き抜けを覗き込んだ。
「へえ~。こいつが百年前の戦争でできた穴、なあ」
「ここで大勢の兵が亡くなったのだろうな……」
ニスは聖書を胸に添え、祈りを捧げる。