第一部
だが、いつしか民はすべてを受け入れた。ガリウスという国家があったことも記憶の彼方へ追いやり、愚鈍であれ、今の安寧の暮らしに満足している。
それがスタンにとってつまらなかった。何よりも自分は『退屈』が嫌いらしい。
「で……結局、誰も『サジタリアスの円盤』は見つけられず終いってか」
「それも百年前の話だ。今となっては真偽のほども……」
「んなこと言ってっけど、お前も探しにきたんだろ? そいつを」
スタンとニスは期待を胸にブライアンの回答を待った。
「#$%&」
モーフィが一枚の絵画を指差す。
その絵を前にして、ブライアンは口を開いた。
「お前さんは気づいたか、モーフィ……だったかの? ふぇふぇふぇ」
そこに描かれているのは奇妙な生き物。
下半身は馬だが、上半身は体毛もなく剥き出しで、頭部だけが毛に覆われている。それはリザードマンやワーウルフと同じ『ひと』の形だった。
「こりゃあモンスターの絵かい? 爺さん」
「そいつがモンスターに見えるって? ふぇふぇ、愉快なことじゃなあ……これこそが半人半獣の象徴、サジタリアスじゃよ」
ニスが目を丸くする。
「サジタリアス! こ、この……不思議な生き物が?」
そもそもサジタリアスが怪物の名前であることも初耳で、スタンも呆気に取られた。
「ケンタウロスともいうがの。昔は星座のひとつにも数えられとったんじゃぞ」
人間でありながら怪物でもある、サジタリアス。
その異形はまさしくガリウスの民の現状を端的に表していた。
ブライアンが溜息をつく。
「じゃが、わしはこうも思うよ。百年前、ガリウスの民は怪物の心が人間の身体に宿っておった。逆に今は、怪物の身体に人間の心が宿っておるやも……とな」
「考えたことねえなあ、そんなこと」
スタンは一笑に付すも、ニスは思い詰めた表情で頷いた。
「心が人間でいられるうちは、まだ……」
「こうして絵を愛でるのも、人間の特権じゃて」
ブライアンはパイプを置き、とんとんと腰を叩く。
「さて……と、サジタリアスの円盤について聞きたいんじゃったな。話してやろう」
スタンたちは彼の助言に耳を傾けた。
「サジタリアスの円盤を求めてここに来たのは、お前たちが初めてではない。わしがここで絵を描いとる間に……ふむ、五か六は来おったかの」
災厄の時代からずっと、この尖塔は画家のアトリエとして使われているらしい。ブライアンは何代目かのそれに当たり、作品の製作がてら、ここで案内役を務めていた。
「サジタリアスの円盤とやらは、わしにもよくわからん。ただ、かの魔導士の試練はこの城で始まるんじゃと」
スタンは仲間たちと顔を見合わせる。
「とにもかくにも、こん中を隅々まで調べるしかなさそうだな」
「しかし城だけでも、この大きさだ。一日や二日ではまわりきれないぞ」
「#$%&」
「ああ、じきに陽も暮れる。まずは拠点を作るのが先決か」
円盤の探求は長丁場になりそうだった。
「広間の石碑にも目を通しておくとよいぞ」
「わかったよ、爺さん。ありがとう」
「大して役には立てなんだが。ふぇふぇ、またおいで」
一行はブライアンの作業場をあとにして、尖塔を降りる。
「手頃な部屋を拠点にしようぜ」
「ブライアン殿の迷惑になってもいかん。なるべく離れよう」
モンスターもコウモリやヘビくらいしか見当たらなかった。二階の南東に見当をつけ、なるべく小奇麗な場所を探す。
「#$%&」
「わかってるって。潔癖症だもんなぁ、お前」
「水を汲めるものが欲しいな」
これまでの旅路でも野宿が多かったため、別段戸惑うほどではなかった。手分けして物資を集め、夕暮れには大体の目処がつく。
「ただいま~。ちょっと小せえのばかりけど、そこそこ獲れたぜ、ニス」
「こっちも一段落したところだ。モーフィも食事にしよう」
近くの川は水源となるうえ、魚も獲れた。スタンたちは石造りの床で焚き火を囲む。
「地図はお前に任せちまっていいか? モーフィ。おれ、細かい作業は嫌いでさ」
「#$%&」
「スタンでは間違えそうだものな」
「一言多いっての。んじゃ、明日は城の一階から……」
ところが食事の途中、スタンははっとした。
「……どうした? スタン」
「静かにしろ。誰かがこっちに来てやがる」
足音がするのだ。
その足音からして、四つ足の動物やモンスターではなかった。ただ、スタンたちを警戒しての『忍び足』ではない。石造りの城に堂々と音を響かせる。
念のためスタンは扉から間合いを取った。
「もしかして、ブライアン殿では?」
「だったらいいけどよ」
緊迫感の中、焚き火がぱちっと鳴る。