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サジタリアスの円盤  作者: 飛知和美里
3/21

第一部

 その最上階でスタンは思わず息を飲んだ。

「……!」

 この城で、初めて『ひと』を見つけたのだ。絵画が所狭しと並べられ、その中央ではひとりのワーラット(ネズミ人間)がカンバスへと一心に筆を走らせている。

「#$%&……」

 モーフィは怯え、階段の陰でしゃがみ込んだ。

 ニスは表向き平静を装っているものの、節々に動揺が見られる。

「こんなところに画家が……?」

「#$%&」

 その一方でスタンは胸を躍らせた。

 さっきから廃墟を見てまわるだけで、退屈していたのだ。こうして見る分には、彼は自分たちと同類であって、凶暴なモンスターではない。

「挨拶してみようぜ、ニス」

「……わかった。失礼がないようにな」

 スタンの一行は部屋に足を踏み入れ、おずおずと彼に声を掛けた。

「こんにちは」

 絵描きのネズミが手を止める。

「ん……? ほう、こんなところに客人とは珍しい」

 振り向いた拍子に小さな眼鏡が光った。

「賊の輩ではないようじゃの。まあ、わしがこの城に来た時には、宝物庫なんぞとっくにカラッポになっとったが……ふぇふぇ」

 気さくな話しぶりで年老いた笑みを綻ばせる。

「御仁はおひとりなのですか」

「そうとも。もう八年……いや、十年になるかの」

 ようやくモーフィも落ち着いたようで、スタンの傍まで歩み出た。

「#$%&」

「リザードマンにワーウルフ、それにムォークとな……探検にでも来たんか? それとも……ふぇふぇふぇ、サジタリアスの円盤を探しておるとか?」

 朽ち果てたこの城を訪れる理由など、ほかにない。

「ああ。何か知ってたら、教えてくれ」

「スタン? 挨拶がまだ」

「構わんよ。わしも休憩しようと思っておってな」

 ワーラットの画家は筆を置くと、窓辺でパイプを燻らせた。

「わしはブライアン。ほれ、見ての通りワーラットのジジイじゃよ」

 ジジイと自嘲するだけあって痩せており、毛並みもくたびれた印象がある。しかし眼鏡の奥にある瞳は力強い輝きをたたえていた。

 単に時間を持て余しているだけの老人ではない。

「おれはリザードマンのスタンだ」

「小生はニス。あと、このムォークはモーフィというそうです」

「#$%&」

「ふぇふぇふぇ! よろしく、お若いの」

 モーフィは興味津々にブライアンの作品を眺めていた。

 ブライアンが陽気に笑う。

「なかなかのものじゃろう? 絵を描くことだけが、昔からの取り柄での」

 どの絵も色鮮やかな出来栄えだった。

 今となっては、こういった趣味に興じる者も少ない。この百年の間に『人間』らしい文化は忘れ去られ、ひとびとは動物と変わらない日々を送っている。

 聖書などを愛好するニスも、奇異の目で見られた。

 ただ、単に古い書物の字面を追っているだけのニスと違い、ブライアンは明らかに百年前の『技術』を継承している。

「この画材はどうしたのですか? ブライアン殿」

「自分で作るんじゃよ。絵描きの先生に教えてもろうた」

 作品は風景画がほとんどで、鳥や犬といった動物の絵もあった。殺風景な城の中にあっては、幻想世界の入り口にも思えてくる。

「#$%&」

「ん? どこの景色かって? ……さあのぉ」

 ブライアンはネズミの髭を撫でながら、窓の外へと視線を投げた。

「わしも先生と同じで、たまに妙な景色が『見える』んじゃ。ひょっとしたら、あれはガリウス王国の昔の姿なのやもしれん」

 かつてこの地で栄華を誇った王国は、もうどこにもない。

「百年前のガリウス……」

「左様。ここには昔、本当に立派な国があったのじゃ」

 その王国は繁栄を極め、飽くことなく支配圏を広げたという。いたずらに侵略戦争を繰り返し、時には無抵抗の都市で略奪さえ働いた。

 そのためにガリウス王国は、ある魔導士の怒りを買ってしまったのだ。

 王国の民は怪物の姿にされ、城下町は一夜にして炎にまかれた。支配者のいない城だけが残り、百年もの時を数えている。

(本当の出来事なのか……?)

 この災厄が始まった頃は、民も必死に抵抗した。とりわけ『人間』の姿を奪われた一世代目のひとびとは、死力を尽くしたに違いない。

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