第1話 境界の龍は、始めて世界を見る
森の中、一つの龍骸があった。
肉は朽ち、腐敗臭が辺りに立ちこめ、腐肉が周囲の命を奪う。
そんな中で、龍の不滅の心臓は、鼓動を止めることは無い。
ドロドロとした腐肉の海。
その中心で、心臓から生まれ落ちた銀髪の少女が目を覚ます。
縦に長い瞳孔、即頭部には二本の龍角を持ち、体には所々鱗が生えている。
そして腕と脚が龍であり、翼と尻尾もある。
龍化部位の色は黒。
頭部の長い角を持ち上げるのように、空を見上げる。
「綺麗。あれは何だろう?」
空を知らぬ龍の少女が、立ち上がる。
「え、我……私は、なんで生きてるの? ……それにここはどこ?」
見たこともない景色に、困惑する。
様々な色がある。
命の気配がある。
境界には、なかったものばかり。
龍骸が、光の粒子となり、少女の体に吸い込まれた。
「これが私の体?」
龍ではない姿に戸惑いながら、始めての一歩を踏み出す。
そのまま歩き出し、木に触れる。
「!! これは何だろう? 敵? でも、攻撃してこない」
見たこともない物を前に、目を輝かせていた。
「ここはいいね。綺麗なものがいっぱいだ。もしかしてこれが死後の世界なのかな」
少女が森を裸で歩く。
虫が近づくことは無い。
体から溢れる気配に、虫たちは本能で避けていた。
初めて感じる風に感動しながら、彷徨うように森を歩き続ける。
「死後の世界には、こんなにも命が溢れているんだ! 境界とは違うね」
魔物を含め、生命の伊吹に、新鮮さと物珍しさが好奇心を掻き立てる。
「この真っ赤で綺麗な物は一体?」
野生のリンゴを見て、まじまじと観察していた。
虫がリンゴを噛じるのを見て、少女もリンゴを一つ食べた。
「おー! このよく分からない感覚、すごくいいかも。もっと捕食したい」
初め感じる甘酸っぱいと言う感覚。
境界では、敵を捕食しても味覚の機能を切っていた為、味という概念を知らなかった。
少女は、戦闘に必要なもの以外は、全て自分から排除していたのだ。
「もっと色々な物を捕食すれば、違う感覚があるのかな」
味という概念にふれ、興味がそそられる。
本能に任せ、片っ端から野草やらキノコを食べる。
時には不味すぎて吐くことも。
「母神こんな物を残してくれてありがとう」
少女は感謝しながら、色々な物を触ったりしていた。
力の加減が出来ず、軽く触っただけで木が折れる。
歩いていると、川にたどり着いた。
「すごい! 水の魔法が流れてる! こんな魔法私でも使えないよ」
水に手を浸ける。
「冷たっ! でも、痛くない」
未だ川を攻撃魔法の類だと思い込んでいる。
少女は、水を知らない。
魔法イコール水と言う認識なのだ。
どんなに知識があっても、実物を見たことがなければ、それだとは気づけない。
「これ楽しい! 戦闘以外にも楽しいことってあったんだ」
新しいことだらけで、興奮が収まらない。
水を飲み、水を浴びる魔物と動物たちを見て、何をしてるんだろう、思いながら観察を続ける。
「こうかな?」
見よう見まねで水浴びをする。
「これやると、汚れが落とせるんだ。みんな色々知ってるんだな~」
野生の生き物から色々学んでいく。
この世界のことを。
「水の魔法を飲んでも痛くないの始めて! これならいくらでも飲めるよ!」
調子に乗って飲みまくる。
水っぱらになることはない。
さすが龍である。
川から上がり、また適当に森を歩く。
「何か、下の方がソワソワする。んー……まあ、いっか」
股間の辺りから水が滴る。
勢いのままに落ちるもの。
そして脚を伝って落ちていく物もある。
「この水の魔法、変わった匂いがする。もしかして私の体から? 不思議、どうなってるんだろ」
人の体に疑問を持つ。
それを教えてくれる者はいない。
「後ろからも、茶色の物質が出るけど、これは何か嫌だな」
本能的な嫌悪を覚えた。
色々垂れ流しながら、森を進む。
排泄機能は、龍の体にはなかった。
それ故に少女は、それがどういう行為なのかを知らない。
そして、少女自身も今の体の状態をわかっていない。
それから数時間が過ぎた。
少女にとっては、瞬きをするような時間だ。
日がくれ行く景色に、大はしゃぎである。
翼を羽ばたかせ、宙を舞う。
空から見る絶景に、涙が流れる。
「目からも水の魔法が出るんだ」
さらに疑問が生まれるのだった。
太陽を追いかけるように移動した後、地上に降り、夜の景色も楽しむ。
そして歩き続けていると、気づけば朝がやってきていた。
少女には、睡眠は不要なのだ。
睡眠以外にも、食事や給水もいらない。
寿命が存在しない生命体であるが故に、本来、生命体が行う行為をする必要がない。
排泄機能を制御出来ないのは、それを機能として知らず、その必要がない生物だったからだ。
そして少し歩いた時、クマの魔物が捕食している所に立ち合った。
「あれは、生き物を捕食してるのかな? ……生き物って捕食出来たんだ」
味が気になり、とりあえずクマの魔物を殺す。
それは一瞬だった。
腕を振り、手刀のような状態での攻撃で首を飛ばした。
「うーん……あんまりビビってこない」
クマの魔物とそれが仕留めた獲物を食べながら、首を傾ける。
もちろん生で食べている。
のんびり食事をしていると、血の匂い誘われ魔物が群れで現れる。
「これは、私の物だよ!」
容赦なく襲ってくる狼の魔物。
少女も仕方なく、反撃を行う。
右手で頭部を握りつぶし、蹴り上げた足で斬り殺す。
そのままの勢いで脚を振り下ろし、魔物を踏み潰した。
返り血で真っ赤になりながら、戦闘を続ける。
内臓を引きずり出したり、かなりえぐい戦い方だ。
飛びつこうと攻撃してきた狼の魔物を、炎の魔法で消し炭にする。
怒涛の勢いで、狼の魔物が攻撃をしてくる。
それを全部捌く。
少女が狼の魔物の首を引きちぎり、銅を引き裂く。
到底、体術とは言えない。
だが、そんな戦い方でも、どこか美しさがあった。
「ふう、やっと終わった。……こんなにたくさん捕食できるかな」
苦笑いを浮かべ、少しやり過ぎたと反省する。
辺りは血の海となり、内臓やらが無造作に転がっている。
食べ切れるか不安を覚えながら、転がっているものに手をつける。
食べ始めると、意外となんとかなる。
心配は杞憂だった様だ。
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