深層の先にあるもの
結衣の剣幕に押されて思わずのけ反りそうになったが、ネックレスを掴まれて引き戻された
え?これってこういう時用だったりするの?
「眼ぇ見ろよ。誰と?」
「ゆ、結衣と付き合う前だよ」
こ、怖い
陽咲先輩の時と比べる余地もないくらいキレてる
「舐めてんの?私は誰とって聞いたんだけど?まさか男だったりする?本当に初めてじゃなかったり?」
「違うッ!!」
首に喰い込むネックレスが痛い
今更ながら雰囲気に流されて『あの日』のことを言ってしまったのを後悔してきた
なんでライナーが巨人だって暴露したコマみたいにさらっと言ってしまったんだろう
「へーその質問には即答するのに誰とって質問は誤魔化すんだ?じゃあ私が知ってる人だよね?」
「うっ…」
名探偵ユイーに論破されて口籠ってしまった
これはまずい、白状すると私は『あの日』のことは墓場まで持っていくことにしていた
それが例え最愛の結衣でも秘密にしておくことがお互いの為になると思っていた。
「…私に隠しごとしないでよ。私は奈妓の彼女だよ…」
「結衣…」
いつのまにか結衣は泣きそうな顔になっていた
こんな顔までされて相手のことを言わないわけにはいかない
誰だったかは言おう、深層の秘密は喋れないけど
「お姉ちゃんだよ…」
「お姉さん…ね」
初体験が実姉という事実に驚愕するかと思われたが、意外なことに結衣は冷静だった
彼女は瞳を私から初めて外し、考え込みだした
結衣、それ以上は『禁忌』だ
もう進んではいけない、どうか引き返してくれ
「…生徒会がボランティア部に突入してきた時、お姉さんって『お姉ちゃんを許してくれるの?』って奈妓に言ってたよね?アレってどういう意味?」
「!!!!!」
チェックメイトだ
結衣は私達姉妹の『禁忌』に触れた
「もしかして…無理矢理だったりするの?」
結衣の眼つきがまた鋭くなった
でも、瞳の中に私は映っていない、私を通して姉を睨んでいる
「き、聞いて!お姉ちゃんは十分に償った!私だって前は大っ嫌いだったよ。でも、でも私達は前に進んだんだ!お姉ちゃんはもう過ちを繰り返さない!」
「奈妓…優しいね。そんなに優しいから付け込まれるんだよ」
「そんなんじゃない、私は…結衣とお姉ちゃんにも仲良くして欲しいだけ」
不意に抱きしめられる
この抱擁は気持ちが通じたからではない
聞き分けがない子供をあやす母親の抱擁だ
「もう一個聞いていいかな?」
「……………」
結衣はもう深層に到達した
これ以上の秘密は存在しない
けれども胸騒ぎが止まらない、自分でも気づいていない『禁忌』が存在するのだろうか
「たまに奈妓から違う匂いがするんだよね。あれってお姉さんの匂い?」
「!!!!!」
やってしまっていた
姉は寝ている私を自分の部屋に運んだりする。きっとその時にバラの香りが付いたのだろう
「そんなに怯えなくて良いよ。正直に答えてくれたら怒らない。お姉さんに脅迫されたりしてる?辛いだろうけど答えて欲しいな」
「脅迫なんかされてない!たまにセクハラされたりするけど、お姉ちゃんはラインを分かってる」
「たまにセクハラね…奈妓が許したと思って調子に乗りやがって」
軽く私の頭を撫でたあと、結衣は静かに立ち上がった
「ごめん。えっちは延期するね。アイツに報いを受けさせてからじゃないと抱けないよ」
「報いってなに!?もうセクハラされないからバカなことは止めてよ!!」
叫びは届かなかった。
結衣は私に微笑みかけた後、自分の家に帰って行った。
しばらく玄関を眺めていたが、もう開く気配はないと察し、私もトボトボと家路に着いた。
大変なことになってしまった。これからどうなってしまうんだろう




