勇気の抱擁
息を切らしながら試合会場の観客席に座る
妹の邪魔にならないように遠くの席にした。
試合展開は妹の優勢であったが、徐々に劣勢に立たされていく
何度も大声で応援しそうになるが、必死に気持ちを抑える。
握った手のひらが痛い
「あっ…」
妹のダブルフォルトで決着が付いた
歓喜の輪の中心になるポニーテールの対戦相手、対照的に妹の周りには誰も近づかない
「奈妓ちゃん…」
悲しくなるのと同時に怒りが湧いた
どうして他の部員は奈妓ちゃんの周りに行かないのだろう
世界で一番可愛くて優しい娘なのに…
自分が今すぐ塀を乗り越えて抱きしめてあげたい
…けれどそれは許されない、あんなことをしてしまった私にその資格はない
見つからないように妹のテニス部が帰ってから試合会場を出る
「!!!!!」
驚いた。時間をかなり開けたハズなのに駅のベンチに妹が座っている
周りには誰もいない、きっと薄情な部員達は先に帰ったのだろう
「……………」
意を決して妹に近づく
心臓が激しく動く、全校生徒の前で演説した時はこんなに緊張しなかった。
妹は項垂れているのでその表情は読み取れない、でも気持ちは分かる。落ち込んでいるのだ
「……………」
私は何をしようとしているのだろう?
抱きしめて慰める?その資格はないのは分かっているハズだ
止めよう、帰って美味しいご飯を作ってあげよう
「っ!」
踵を返す直前に妹の目元が夕日に反射したのが見えた
泣いているのだ
―――今の貴女はいつもと香りが違う別人―――
倉園麗奈の言葉は再び私に勇気をくれた
妹との距離をさらに詰めて彼女を抱きしめる
前に身体を触った時とは違い、優しく包み込むように抱きしめた
一瞬ビクっとされたが、すぐに平静を取り戻して身体を預けてくれる
髪を撫でてあげる
妹は抑えていた感情が決壊したのか嗚咽を漏らした。
「ありがとうございます」
妹のお礼には返事出来ない
正体を明かしてしまったらきっと彼女は嫌な気持ちになるだろうから
最後に頭をぽんぽんしてから電車に乗る
電車の中で手のひらに残った感触をずっと握りしめていた。
妹の感触を感じるのはこれで最期になるだろう




