6、夜のお店(怖さレベル:低~中)
私の父は縁起の良し悪しを気にする人だが、霊的なオカルトには一切興味が無い人だ。
かといって茶化したり軽んじる訳でもないタイプで、厳格な面を持つ人物である。
今回はそんな父から聞いた話だ。
……とは言っても、父も「三十年以上前にナイトクラブのママさんから聞いた」という又聞きの話なのだが。
今はもう無いその店は、どうやら「出る」所だったらしい。
(ビル自体はまだあるけど違う店になっている)
最初の異変はオープン前。
店の紹介用の写真が現像され、ママさんや従業員一堂が確認する場での事だった。
写真を撮った人が歯切れ悪く最初に見せてきたのは、店の女の子達がオーナメントを背にテーブルを囲んで座り微笑む写真だったという。
「あの……この人って、(写真を撮った時)いました……?」
撮影者が指し示したのは一番右奥に写っている女性である。
何故かその女性は一人だけ立っており、顔が少し俯きがちでカメラを見ていなかった。
しかも他の女性は皆華やかなドレスで着飾っているのに、その女性の襟元はブラウスだかワイシャツだかの襟に見えたという。
もっとも、全体の服装は他の女性やソファーに遮られていて分からなかったそうだが。
「いえ……うちにはこんな娘いませんよ……ねぇ?」
ママさんは店長と顔を見合わせながら他の女の子達にも確認をとる。
その場にいた全員が「いないよね……?」とざわつく中、撮影者は「まだあるんですよ」と写真を捲っていく。
オーナーとママさんのツーショットやら、店内にズラリと並ぶ女の子達の写真が続く。
その中には先程の不審な女性の姿はどこにもない。
やがて女の子メインだった写真が内装の写真(人を映さない紹介用の写真)に変わる。
ロビー、カウンター、個室──
そしてある写真を見た瞬間、全員が息を飲んだという。
大きめのテーブル席の写真だ。
その左奥には(写真では分かりにくいが)トイレに続く通路があり、その通路の前に赤ん坊を抱いた女性が写っていた。
それも分かりやすく、膝から下が無い状態で。
膝から下がぼやけてるとかではなく、明らかに向こうの背景(壁の模様)が見えている状態だったそうだ。
顔は地味な感じのその辺にいそうな女性で、バッチリカメラ目線。
赤ん坊の方はおくるみで顔が見えなかったそうだ。
ここでママさんは初めて「本当に幽霊って足が無いんだ……」とゾッとしたのだという。
その後、店は普通にオープンし、この写真の話は店に来る客に話すネタとして扱われる事となる。
父も例に漏れずそのネタを聞いたクチで、ご丁寧に拡大コピーされた写真まで見せて貰ったそうだ。
◇
「かなり拡大されてて荒かったから、現物の方(写真)も見せて貰ったんだけどさ。二枚目の女は本当に足が無かったな。ありゃあ大したもんだ」
「へぇ。作りもんだったとしても気味悪ぃね」
「写真もだけど、消した電気が勝手についたりレコードが勝手についたり、事務所の方で人影が見えたりとか色々あったらしくてさ。若い女の子なんか泣いて辞めちゃう子が多かったらしい」
父は「飲み屋の話なんて真に受けるもんじゃないけどな」とした上で、「今の時代ならともかく、昔のいちナイトクラブで合成までするとも思えないんだよなぁ。本当に(出るって事で)有名だったし」と煙草を揉み消した。
さて、父の話はここで終わる。
余談だが、今回の話の舞台となった建物はかなり古いものの、本当に何の変哲もないビルなのだ。
隣接する建物とも何ら遜色ない、ただの背景の一部のような外観をしている。
現場は二階だったそうだが、現在はアハンな大人のお店になっているので、ジロジロ見るのは別の意味でも避けたい場所だ。
こんな日常の一部──
関わらない者からすれば気にも止めないような場所で奇妙な物事が頻発していたというのは、なんとも不思議な感覚である。