2、ドライヤー(怖さレベル:中~高)
大学生の頃、同じ学部の先輩に聞いた話だ。
その日、彼女はバイトから帰ると遅い夕飯を取り、いつもと同じように風呂に入ったらしい。
同居する家族はそれぞれの部屋で休んでおり、自分の立てる音だけが響く、至って静かな夜だったという。
普段通りにコンタクトを外し、化粧を落とす。
普段通りに頭を洗い、体を洗う。
普段通りに体を拭いて、忘れず肌のケアをする。
寝間着に着替え、彼女はようやく髪のケアに取りかかった。
髪の長い彼女のドライヤーは時間がかかる。
洗面台の鏡の前に立ち、これまたいつものように髪を乾かす。
ゴォーッと吹き出る温風で目が乾かないよう目蓋を閉じて、タオルドライしながら適当に乾かしていく。
ゴォーッ
ゴォーッ
そろそろ半乾きになっただろうか──
邪魔になってきたタオルを洗濯かごに入れようと、彼女は右手のドライヤーを右斜め後頭部に当てたまま目を開けた。
にゅっ
肘を曲げて出来た三角の隙間──
顔の直ぐ横に男の顔があり、それが一瞬で後ろに引っ込むさまが見えた。
彼女はギャッと悲鳴を上げ、ドライヤーを投げ飛ばして左側に飛び退く。
ガシャンという激しい落下音。
即座に後ろに目をやるが誰も居ない。
風を吐き続けるうるさいドライヤーが足元にあるだけだ。
心臓のバクバクが治まらない。
彼女は腰を抜かしたまま、ドライヤーを拾うと狭い洗面所を見回した。
やはり誰も居ない。
一瞬だったし、見間違いか──
そもそもドライヤーを持っていたとはいえ、肘と頭の隙間を人の頭がぶつかる事なく通る筈がない。
(疲れてたのかな……きっとそうだ)
恐怖で震えながらも、彼女は必死で「見間違いだ」と自分に言い聞かせた。
(結構おじさんだったな……見たことない人だったし、私には関係ない)
見間違いと思いつつ、脳裏には鮮明に男の頭が引っ込む様が焼き付いている。
ブルリ
まだ髪は湿っているが、これ以上髪を乾かす気になれない。
彼女はドライヤーを手にようやく立ち上がった。
「ギャッ!!」
立ち上がった拍子に見えた鏡には、彼女の真横に無表情の男の首が並んでいた。
◇
「……って事が昨日あってさぁ。もう怖くて泣きながら部屋に逃げたんだよ。眠れないし、朝まで彼氏と電話して過ごしたけど、何だったんだろーっ」
「ひぇ~、それは怖いっすね……本当に知らない人だったんですか?」
「知らない知らない! でね、電話で彼氏が励ましてくれてー、しかも風邪引かないように心配してくれてー、それで……」
ここからは彼氏との惚気話になってしまい、ドライヤー妨害男についてこれ以上聞く事は叶わなかった。
考察ができず無念である。
だがその日の内に先輩は髪をショートにしていたので、妙に信憑性のある話であった。
ちなみに現在、その先輩と彼氏さんはめでたく夫婦となっている。
そして先輩は十年以上経った今でもショートヘアーのままだ。