前編
「お嬢様、本日もまた、あのことを申す者が現れました、
今度はコックでございます」
「そう……。では、いつものように」
これで、8人目。
私は心の中で溜息を吐いた。
私はこの国の王太子様、アデン様の婚約者で、次期王妃。
アデン様の婚約者選びは昔からお茶会という名の集まりで行われていた。
私はその会や、家柄や外戚等の事項を考慮して選ばれたらしい。
今は16才で、貴族の通う学園でアデン様と勉強し、
王妃教育も進めている。
王妃の位は誰でも欲しい。
正直妬まれたりいじめられたりすると思っていたのに、
何故か今のところそんなことは全くない。
アデン様とお似合いです、憧れますと言われることが多い。
そんな順風満帆な生活を送っているはずの私には、ひとつ
正直どうしたらいいかわからない悩みがある。
「お、お……お嬢様!大変です!
このままではお嬢様は断罪されてしまいます!」
「……は?」
ある日突然、侍女が二人きりのタイミングの時にそう言ってきたときは本当に驚いた、
貴族たるもの感情の制御など容易いものであるはずなのに、思わず驚きを顔に出してしまった。
だ、んざい??
え、なんて?
初めは勿論嘘だと思っていた。
だって意味が分からない。
その侍女が言うには、彼女には異世界で暮らしていた記憶があって、
私達の世界はえっと、げえむ?とかいう虚構であって、
そのげえむという話の中で、
私はほろいん?(後でひろいんだと訂正された)という少女にアデン様を奪われ、
断罪されて死ぬのだという。
そんな突拍子もない嘘をついて騙そうとするなんて舐められたものだわ、
と少し腹が立った。
信じると言っておきながら彼女の過去を調べ上げ、
徹底的に監視することにした。
私がその作り話を信じて次期王妃の座を誰かに明けわたすことを
望む者に送り込まれた間者の可能性もあるし、
精神の病にでもかかっていて現実と妄想の区別がつかない可能性もあるし。
いろんな可能性を疑った。
次の日、家族の次に一番信頼している、
生まれた時から執事として仕えてくれているじいやにその話をした。
するとじいやは困った顔をして言った。
「実はその話、初めて聞いたものではありません」
それまでに3人の使用人が、あの侍女と同じことを、じいやに伝えたのだという。
流石に私に直接は言えなくて、じいやに言っていたらしい。
じいやは私を不必要に不安にさせる訳にはいかないので、
今まで両親にしか報告していなかったと。
また、彼等が嘘をついているのかどうか、様々な調査を重ねたのだという。
異世界の世界地図、有名な曲、言語や常識を尋ねたりして調査した結果。
どうやら彼等の言っている世界には共通性があり、信じるしかないと判断したと。
それを聞いた夜は流石に堪えた。
その後も続々と異世界の記憶を思い出したと言う者が現れて、
もう箝口令も意味をなさないんじゃないかというくらい
多くの屋敷の使用人が異世界の記憶を持つ者になった。
私はもう混乱していた。
意味が分からない。
この世界が虚構などと言われたり、
突然身に覚えのない罪で死刑にされると言われたり。
第一、アデン様はそんな愚かな人間ではない。
アデン様は平民の少女などと恋に落ちて、
それに溺れ家柄に問題もない私を断罪なんかするわけがない。
日に日に私は疲弊していった。
げえむによるとひろいんが編入してくるのは次年度だと。
アデン様が彼女に好意を寄せても嫉妬してはいけない、いじめてはいけない、と口うるさく言われ。
まだ見ぬ平民の少女に怯える日々。
アデン様は私の様子がおかしいことに気付いて、
何度も悩みがあるのなら相談してほしい、次期王妃にプレッシャーを感じているのか、
などと尋ねてくださったけれど、私は何も言えなかった。
その度にアデン様は悲しそうな瞳で私を抱きしめてくれたけれど、私はそれが嫌だった。
数か月後には嫌うくせに、こんなことしないで、といつも心の中で思っていた。