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天使の条件。  作者: はねとら
エピソード・森川紗季
3/3

天国の仕組

 


 チョコの後ろ姿を見送ると、弥生さんはわたしの隣に来て、

「私とチョコちゃんはお友達なの、彼は犬天使の中で係長の立場でね、私も同じ係長だから話す事もあって、紗季ちゃんの話は前から聞いていたの」

「そうだったんですね。

 すごいな……立派になったな」

「それじゃ、行こうか」

 弥生さんの言葉にわたしは頷いた。


 弥生さんの差し出した手を握ると、翼を羽ばたかせ、再び空を飛んだ。

 スピードがそれほど出していないからだろうか、先ほどの様な強風や重力を感じる事は無かった。

 それどころか、景色が素晴らしい。

 見渡す限り青一色の空、下界には高度が高いから白い雲が広がっている。

「紗季ちゃんのお家はこの辺かな」

 呟くと、高度を下げ始める。

 雲の中を突っ切ると下界が見えてくる。

 うそっ、ここは天国のはずなのに、雲が切れて見えてきたのは、


「日本列島だ!!」


「ふふ、そう、言ったでしょ。

 この世も現世と変わらないって、違うのは亡くなった人が住んでいて、ルールが若干違うってことかな。

 現世では幼いころから、みんな平等に年をとるからルールを自然に覚えるけど、こっちでは来る年齢はバラバラだから研修があるんだ。

 だから紗季ちゃんにも、これから一ヵ月間この世界のルールを覚えてもらうために研修を受けてもらいます」

「ルールですか」

「基本的にはあまり変わらないけど、細かい所がちょっと違うの。

 たとえば、今見えている私達の住む下界。

 日本列島が現世と変わらないように見えるけど、今見えている日本列島は西暦二〇一八年、平成三十年の時代の日本。

 今の現世では西暦二〇二一年、令和三年だから現世とこの時代では三年の開きがある」

 わたしが生きた時より三年遅い世界。

「現世は一つの地球に、人間が住みやすい様にどんどん発展させて時代が変化していくけど、この『あの世』の世界は地球にあるのではなくて、沢山の空間に、幾つもの時代が存在しているの。

 分かりやすく行っちゃうと、ミルフィーユ状に大化の時代から、いまの令和の時代まで世界が存在しているってわけ、人類は膨大にいるから一つの時代に押し込めることもできないし。

 時代にそぐわない、江戸時代のお侍さんが平成だと生きづらいから、その人達が生きやすい時代で生きてもらい、やがて来る輪廻を待ってもらうってこと」



「わたしは何で、令和の……今の時代ではなくて、平成なんですか?」

「それはおじい様とおばあ様が住んでいるからよ。

 お二人は元々昭和の時代で暮らしていたの、だけど紗季ちゃんが来るならと平成の後期が良いだろうって、この時代にお越しになったの」

 二人の優しさが心にしみる。

 おじいちゃんは、わたしが小学五年生、十歳の時に亡くなり、おばあちゃんは二年前、一四歳の時に亡くなった。

 目を瞑れば、二人の顔が今も思い出す。

「ほら町が見えてきたよ」

 上空から見る下界は、わたしが生きていた町と同じだった。

 わたしが住んでいた、静岡の町。

「紗季ちゃんの家はあそこだよね」

 弥生さんが指をさす。その方向をみると、そこにはわたしの住んでいた自宅があった。

 木造の二階建ての少し古い家。

 母方のおじいちゃんが建てた家で、お父さんを婿養子として向えて家族皆で住んでいた。

 今朝まで生きていたわたしは、この家から学校に登校した。


 ………ほんとに、わたしは死んだの?

 チョコと会って死を実感した。けど、こうして変わらない我が家を目の前にすると、事実か分からなくなる。

 家を囲っている、馴染みがあるブロック塀。

 手を伸ばし触ると、冷たさとザラザラした感触は変わらずに感じた。

「紗季ちゃん」

 聞き覚えがある声に呼ばれて、そちらを見ると見覚えのある姿があった。

 おばあちゃんとおじいちゃんがそこに立っていた。

「大きくなったな、紗季」

 おじいちゃんの声は震えながら、感動の涙を流している。

 おばあちゃんも泣きながら、わたしに抱き着いた。

「紗季ちゃん、紗季ちゃん」

「おばあちゃん、おじいちゃん」

 大好きな二人の顔を見て、抱きしめられて言葉にならない。

 二人から感じられる優しくて暖かい体温。懐かしい香り、幼少期に戻ったような錯覚。

 わたしは、今初めて心の底から安心した。

 チョコ以外にも、ここに家族がいた。



 再会を喜び、三人が心を落ち着かせたころ、弥生さんがわたしに言う。

「研修の詳細は近いうちに郵便で送られてくるから、気にしておいてね、それと」

 弥生さんは一枚のチラシをわたしに差し出した。

 受け取り、見てみると。

「これは……」

「それは天使の求人広告、今年のだけどね。

条件は二十歳からだから、紗季ちゃんにはまだ当てはまらないけど、四年後待ってるよ」

「え?」

「あれ? 天使に興味なかった?

 興味がありそうだったから、チョコちゃんを連れて来る時についでに持ってきたんだけど」

「いえ、わたし、天使になりたいと思ったので嬉しいです!」

「少しの間しか話していないけど、向いてると思うよ」

「ありがとうございます」

「この世界にも高校はあるから、しっかり勉強して、四年後会いましょう。待っているからね」

「はい、頑張ります」

「それじゃ、バイバイ」

 弥生さんは手を振りながら、翼を羽ばたき、空を飛んだ。

 徐々に小さくなっていく姿を見ながら、わたしは天使になる事を決意する。

 弥生さんのような天使になりたい。

 

 


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