第9話 言葉の応酬
「リサ、どうかしら?」
「お似合いです」
鏡の前では見慣れた己の姿がドレスの両端の裾を持って少し頭を下げている姿がある。茶会ということもあり、夜会のような華やかな色彩は使わず深緑を単色にしがらもフリルなどを上手く使って単調になり過ぎないように纏めた。可愛らしい装いとは打って代わりラキの表情は宛ら戦場に就く兵士の顔をしていた。
「あれは用意できた?」
「できています」
リサはラキの前にひとつの箱を置いた。箱を開け、中身を見たラキは満足気に頷いた。箱の中には本日の茶会相手であるチェリー王妃に向けたプレゼントだ。
その後は己の王妃教育などを行う際の手続きを行ったりなどその日にやらなければならないことをこなし、出掛ける時間となったので馬車に乗り王宮に入った。
来月辺りからはここに毎日通うことになると思うと何だか感概深いところがある。この前はロキ殿下に呼ばれたが…今回はチェリー王妃である。さて、チェリー王妃に茶会に誘われた日から、日数は限られていたもののラキの持っている伝手を使ってチェリー王妃という人物について調べていた。華やかななドレスやダイヤを買ったり集めたりするのが趣味。彼女のドレス室の広さは他の貴族令嬢や婦人などを寄せ付けないほどの広さであるようだ。そう、簡単に表すなら「貴族らしい貴族」の典型である。無論、嫌味である。
そして…もう一つわかったことがあった。
ロキ殿下のことであった。元々王妃とロキ殿下の折り合いの悪さは貴族界でもまことしやかに囁かれていたものの誰かがそこは踏んでならない域であることを理解していた。暗黙の了解、というものだ。ことなかれなところがあるラキも敢えて突っ込まなかった。
そして、それを激しく後悔した。
別に善人ぶりつもりもないが、調査資料を読んだ己の顔は渋いお茶を飲んだときのような顔をしていたと思う。それくらいに胸糞悪い話であった。彼女はまず王妃になってから彼の周りで彼に対して親身になっていたメイドや執事を王妃付きにした。敢えてクビにはせず己の近くに彼の味方を置いたのだ。そして、彼の周りには自分の息の掛かった者を置く。彼が逃げたくても彼の親身になった者たちは王妃の近くにいる。
言わば人質である。
そして、それを知っているメイドや執事も辞めようとするものの自分たちが辞めたらロキ殿下はどうなるのかという雁字搦めに合い、結局動けない。彼らの互いに思う合う心を上手く使った…非常に胸糞悪い手段だ。そして、逃げるに逃げられないロキ殿下は王妃の精神的嫌がらせを耐えて耐えて_今に至っている。細かいところまでは流石に月日が経ちすぎてわからないところがあったが、大方は彼が笑えば「王族としての品位がない」とムチで打たれ、泣けば「威厳がない」でまた叱る。ムチ自体も手加減されており、半日経てば痛み引くようにされていたようだ。つまり教育の一環から枠を外れない。しかし、そんなことを齢6歳ほどの少年が5年10年も長い月日を経てやられたら…心が疲弊してまう。この前の茶会の彼を思い出す。彼の表情に起伏がなかった。別にそれを咎める気も、気にする気もなかったのが、彼のあの無表情はこの経験を基づかれて作られたとなると…なんとも言えない感情を抱える。怒りか、と言えばそうかもしれない。たが、これは…能天気な自分への呆れもあるのだろう。
「いらっしゃい、ラキ嬢」
「お招きありがとうございます。チェリー王妃」
「ふふ、これからは義娘になるのだから。そんな堅苦しい挨拶はよしくてくださいな」
「…では、チェリーさまで。」
「今日はよろしくね。ラキ嬢」
見覚えのある圧のある笑みに、私も令嬢の笑みを浮かべ返した。微笑み合っているはずなのに、そこには冷気が漂っていたのは私だけの気の所為ではないはず。
彼女にとって私は招かねざる客であることはわかっている。先手必勝、此方の方から仕掛けてみますか。
「リサ、例のものを此方に」
「かしこまりました」
リサに今朝用意して貰った箱をチェリー王妃の目の前に置いてもらった。チェリー王妃はチェリー王妃で疑うのような目で箱を見つめる。この中身はショリア領地の宝石である。知り合いに商人がいたので、無理を言って用意して貰ったものである。ショリア領地の、特にダイアモンドは他の領地の付随を許さぬ程の輝きがあり、貴族の中でも人気が非常に高い。ショリアの宝石を持っているということは、それだけの伝手と財力があることを証明することにも繋がっている。
「今日の茶会のために知り合いに無理を言って用意させてものですの。お気に召していただける、かと。」
「これは…有難く頂きますわね」
そしてチェリー王妃はショリア領地のダイアモンドを欲しがっていたのは知っている。…この箱を渡した主な理由は牽制だ。私は敢えて確信に近い言葉選びで彼女にクリスタルを渡した。ショリアなら誰もが貰って迷惑がるものではないが、それでもこのクリスタルが今彼女が欲していたものである。そして、私は彼女よりも早く手に入れ、それをあげた。これを意味することは「貴方の情報をこちらだって握っている。そして貴方に負けない伝手や財力がある」と暗に伝えているのだ。王妃だって、この意味は理解しているだろう。少し笑みが引き攣っているのが何よりも証拠である。
「いい趣味・趣向をお持ちなのね」
「王妃様にそんなことを言って頂けるなんて、嬉しきことでございますわね。」
どんどん彼女の笑みが引き攣っているのを感じる。牽制の品は私には返せない。私は悪いことなど何もしてないのだから。ただ、茶会に招かれ、その礼として品を渡した。しかもショリア領地のダイアモンドである。これを私に返すということはそれだけの価値を見破れなかった愚か者と自分で烙印を押すことと同義だ。敢えて彼女が今までやってきた「遠回し攻撃」をやっている。自分のやっていたことをそのまま他の誰かにやられる程ストレスが溜まることなどない。この前からの「箱」の嫌がらせの間接的な理由となっている彼女への意向返しである。自分のいうのも何だが、結構小生意気をしていると思う。私は笑みを深めた。
「親の育て方が良いのね。侯爵たちに"お身体には気をつけて"、言っておいてくれないかしら?」
「えぇ、然りと伝えておきますね」
ふふ、とお互いに微笑み合う。後にリサは茶会を思い出して、「魔の茶会」と言っていた。