第3話 嫉妬
手紙の内容は簡潔に言うならば、3ヶ月後に王族主催の夜会のお声掛けという名の出動命令であった。
「噂は聞いておりますわ…話だけであんなに凍えますのに現地に行ったら極寒ですわ」
「だからと言って断る訳にもいかないからね…」
何処からとも無くお互いに深い溜息を吐いた。と、同時に私はこの前のお茶会で聞いた話を思い出す。
今王族はちょっと、いや、かなり面倒なことになっているのである。第1王子派と第2王子派に派閥が分かれている。一応我が家は中立を取っている。私の家を含めて、三大侯爵家は全員中立派である。因みに、侯爵家のなかでも特に上位に位置している侯爵家が三大侯爵家と呼ばれている。私の家を入れて、それぞれ各家が武・政・法という面に特化したものを持っている。これは昔横暴な王がいたことから、独善的な治世を抑止するために作られた仕組みのようだ。その時代から私の家であるシェリ家は武を司ってきた。だが武の家に生まれたから武の道に進まなければならないという訳ではない。他家は知らないが我が家がそういう縛りは少ない。現に剣を振ることよりも本を読むことを好んだ次男のリン兄さまは文官として王城で働いており、よく土産を買ってきてくれる。
っと、話がズレたな。
えーと、そうそう。派閥。派閥の話だった。第1王子と第2王子のそれぞれの派閥が生まれたのは2人の王子の出生に関わってくる。元々この国では王は指名制である。ただ、余程の理由や力がない限りは基本的に長子が選ばれることとなっている。貴族間では第1王子と第2王子にそれといった実力的な差はなく、このままいけば第1王子が立太子されるだろうと考えられている。…平和的に行くならばそれで、はい!お終い!チャンチャン~♪♪みたいな感じで終わるのだけども、そこで声を出したのが現王妃・第2王子の母であるチェリー王妃であった。チェリー王妃の家は前宰相や国の特に政治や外交の中枢機関に輩出している家であり、血筋も王家の妃や王子たちが臣籍しており、王家の血を色濃く継いでいる由緒正しき家柄である。貴族のなかでも発言力もかなりある。あくまでも噂だが、チェリー王妃は元々王に恋慕していたらしい。第1王子の母であるシャンデリア元王妃が名を連なる前は彼女が婚約者候補として筆頭として名を連れていた。しかし、そこを隣国の王女であったシャンデリアさまが王妃の席につき、彼女は第1側妃として席につくことになったのだ。
それだけだったら、話はここまで拗れなかったかもしれない。シャンデリア王妃と王は王が隣国で留学したときに知り合い、意気投合して婚約話が持ち上がったようだ。私の父曰く、周りが言うには此方が羨ましいと思うくらいに仲の良い夫婦のようであったらしい。
一方で、チェリー王妃は完全に彼女の片思いような感じであったようだ。私はこの目で見たことがないので何とも言えないが。王とて、第1側妃を蔑ろにはしていなかったが、それでも義務感が拭い切れていなかった様子であった。元王妃との温度差はあったようだ。
恋する乙女にそれは辛かったのかもしれない。
彼女が側妃になったのも、彼女の家が押し売りにしたに過ぎない。貴族たちのパワーバランスとか何とか言う理由で彼女は側妃として迎えられただけだった。
典型的な政略結婚である。
自分は完全な政略結婚、片やは政治要素が全く入っていないと言ったら嘘だが相思相愛のご様子。チェリーさまは家では末の娘としてかなり可愛がられていたようだから愛される自信みたいなプライドのようなものがあったのかもしれない。徐々に彼女はそれに心を蝕まれていった…それは元王妃の息子に向かった。
シャンデリア元王妃は病で亡くなった。そこからチェリー王妃が繰り上げという形で王妃に付いた。
そこから彼女の第1王子のいびりようなものが始まったようだ。それでも愛した女性との出来た愛息子を傷つかせる訳にはいかないと王が第1王子を別邸に移動させたようだ。適当な理由をつけて。
その様子がまたチェリーさまの癪に触ったようで…もう思い出すだけで背筋が寒くなってきた。簡単に言うなら、第1王子を遠回しで追い込もうとした。その状況を踏まえ、冒頭に戻る。自分には向かなかった王の愛を一身に受けた彼女の息子がこのまま立太子になるのが気にならない。納得できないという気持ちからか、彼女は自身の息子である第2王子が実力も差異がないのだから我が国の王族の血を濃く受け継いでいる第2王子の方が王に向いていると言い出したのだ。
いわば、女の嫉妬である。
彼女の元の家は彼女のことを可愛がっているし、それに嫉妬から来たとは言え、第2王子のほうが我が国の王族の血を濃く受け継いでいることは間違いない。
間違っていないからこそ、反対もできない。彼女の家も何かと話に乗ってきているようで、王位継承がどんどん泥沼化しているようだ。だからと言って第1王子は隣国の王女の血を引き継いだ正当な血筋でもある。そんなことで、どっちもどっちの要素を持つが故に派閥ができており水面下で様々な思惑が蠢いた駆け引きが行われているのだ。王は元々第1王子を立太子に上げるつもりらしい。当たり前と言えば当たり前だ。
隣国と我が国の王族の血を正当に受け継ぎ、第1王子であり、実力も申し分ないなら其方を選択するだろう。
だからこそ、第2王子派閥は我々三大侯爵家を取り込もうとしている。三大侯爵家の意見も上乗せされたら流石に無視も出来ないし、格段に有利な立場になる。
権力を取り込むなら…狙うは簡単な場所から。つまりその家の令嬢や令息から崩していくことが一番家を取り込む上で有効な手段になる。取り込めなくとも第1王子や王との関係に不信感を持たせることができたら上等くらいに狙ってきているだろう。
そう!私!私が狙われている…取り込まれようとされているのだ。前世の記憶を持つ前からもそうだが、あれは胃が痛くなる。相手に失礼のないように、それでいて巧みな言葉に巧みな言葉で返し逃げる。
第1王子を立太子させるならば、年齢的にもう16歳だし…近々発表があっても可笑しくない。
「何事もなければ良いのだけども…」
「縁起でもないことを言うじゃないよ」
父は軽く己の腕を摩っていた。悪寒を感じたようだ。