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魔法の正しい使い道  作者: おぐら あん
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* * 4 * *

 あっさり頷くイオリを、タケミヤはおかしなものを見るような目でじいっと見つめた。

「イオリ──おまえ、ついにこっちに来たのか?」

 タケミヤがイオリのおでこを突きながら言う。

「どういう意味だよ」

「研究しすぎておかしくなったのかと」

「おかしくはなってないよ。魔法使いにはなったけど」

 言っちゃうんだ。イオリって──やっぱちょっと普通じゃない。タケミヤがわざとらしくため息をついた。

「ちょっと何言ってるのか解んねえ。迷惑なら迷惑って言えばいいのに」

 少しだけタケミヤの瞳が哀しそうに見えた。タケミヤが立ち上がる。椅子ががたりと音を立てた。

「迷惑なんて言ってないじゃん」

「いや、いいんだ。悪かった、邪魔して」

 そのままタケミヤは研究室を出て行った。その足音がすっかり遠ざかるのを確かめてからイオリに聞いた。

「ねえイオリ。もうちょっと配慮が必要なんじゃない?」

「配慮? なんの?」

 イオリの表情を見ていると、本気で意味が解っていないみたいで不安になった。

「ふつう、ニンゲンは魔法なんて使えないでしょ」

「そうだけどさ。しょーしには嘘、つきたくないなって思って」

 だから。ほんとのことを言うにしても伝え方とかあるじゃん、って僕は言いたいんだけど。

「ああ──そうか、そうだよね。確かに佃煮の言う通りだよね。それはオレが悪かった……かな」

 イオリは明らかに落ち込んだ様子で、それから僕のおなかに顔をうずめた。

 その日からしばらくイオリは元気がなかった。僕は心配になってイオリに何度か「大丈夫?」って聞いてみたけどそのたびにイオリが「だいじょぶだよ」って笑うからしつこく聞くこともできなくて。

 再びタケミヤが研究室にやってきたのは十日くらい経ってからだったと思う。

 やっぱりタケミヤの足音はうるさい。僕はタケミヤがやってくることを予想して早めにベッドに逃げ込んだ。ばん! と大きな音と共に「尹織!!」と叫ぶ声。頭も耳も痛い。どたたたたと足音が続いて、直後にイオリの「苦しいから離して」という声が聞こえた。

「ごめん尹織。俺がバカだった!」

「しゅーしがバカなのなんてとっくに知ってるし」

 イオリの声は呆れかえっていてどんな表情をしているのかが目に浮かぶ。

「おまえ、魔法が使えるってまじだったの?」

「うん」

「いつから?」

「それは秘密」

 なんでそんなこと聞くのさ? イオリの問いに。

「ほんとだった。五百円」

「あ、そうだったんだ。じゃあうまくいきそう?」

「おう。おかげでな」

「よかったじゃん」

 和やかなムードが伝わってきて僕はベッドから首を伸ばした。タケミヤは背中しか見えなかったけど、イオリの横顔はとてもうれしそうに見えた。

「それでさ……」

「うん?」

「これからも行き詰ったら、魔法でちょちょいっと調べてくれない?」

 はあっ⁈ そんなことに魔法を使うなんて聞いたことない。慌ててベッドから飛び出すとイオリは。

「いいよ」

 いともあっさり受け入れてしまった。僕が駆け寄ってきたことに気がついてイオリは僕を抱き上げた。

「どうしたの佃煮?」

「どうしたの、じゃないよイオリ。もっと他に使い道、あるでしょ?」

「こいつ、佃煮って名前なの?」

 タケミヤが僕に手を伸ばして、反射的にしゃーっと威嚇してしまった。

「俺、嫌われてる?」

「猫はうるさいニンゲンは嫌いなんだよ」

「おまえ声がでっかいからね。佃煮となかよくしたかったら、まずはそこを直さないと。ね、つーちゃん♡」



 かくして。

 タケミヤは宣言通り、何か困るとイオリの研究室を訪ねてくるようになり。

 イオリはイオリでタケミヤに力を貸すようになっていた。それもとっても楽しそうに。殺人現場を立体映像で再現することや、残留思念から物証の場所を割り出す方が、移動魔法を使ったり道具に魔法をかけて掃除や料理をすることに比べたらよっぽど高度で難しいはずなんだけどな。

 いつものように騒がしく足音を立てながらタケミヤがやって来て、イオリが魔法で事件を再現して。凶器が見つからないってことで追跡魔法を使ってみれば、それはなんとガラス製のおっきな花瓶でしかもすでに業者が引き取り加工されてしまったあとだった。生まれ変わったあとのガラス製品はグラスだったようで、それを考えると猫の僕でもぞっとした。

「……くっそ。見事なまでの証拠隠滅だな」

「でもほら、業者に引き取りのときの控えがあるみたいだし、同じ型の他の花瓶でなんとかなるんじゃない?」

「なるのかなあ。解らん」

「いやいやなんとかしなよ」

 僕が口を挟めばイオリがにっこりする。

「佃煮もそう思うよね」

 僕に話しかけるイオリを見ても、タケミヤは何も思わないようだ。すでに主任さんとイオリの同僚のスズイさんには、イオリが魔法使いで僕と会話ができることもバレている。イオリは全然隠そうとしないんだもの。

「そういえばさ、先輩が、ぜひ尹織に調査員として協力してもらいたいって言ってるんだけど、それってできる?」

 自分で入れたコーヒーを飲みながらタケミヤが聞いてきた。

「どうだろ。ここって副業禁止だからねえ」

 のほほんと答えるイオリ。え、問題はそこなの?

「弁護士さんって、みんなしょーしみたいにうるさい?」

 イオリが聞くとタケミヤは顔をしかめた。

「どういう意味だよ」

「だって佃煮、うるさいひとは苦手だし。ここ以外で魔法を使うとなるとねー」

「佃煮は関係ないだろ」

「あるよ。ね、佃煮」

 僕がいないとイオリは魔法が使えないからね。

「はあ? 意味解んね」

 タケミヤは頬杖をついてぶつくさ言った。

「にしてもなあ。完全に証拠隠滅をはかったとなると……情状酌量の余地はなしか。そうだよな、めっちゃ恨んでたぽかったしな」

 タケミヤの本心は、こんな真実なら知りたくなかった、ってところだろうか。そりゃそうだよね。弁護士だもん。被告人に都合の悪い真実は隠しておきたいって気持ちが働くこともあるだろう。

「………………でもまあ、しょーがないよな。うん。ありがとな、尹織」

「んーん全然。こんなんでよかったらいつでも」

「さっきの話、前向きに考えておいてくれ」

「うん──まあ、考えてはみるけど」

 イオリがちらっと僕を見て困ったように笑った。きっと僕は今、ものすごく嫌そうな顔をしたんだろう。自覚はあった。だってタケミヤ、うるさい。また来るわ、と言い残して出て行こうとしたタケミヤの背中に、イオリが声をかける。

「もう少し静かに歩いてくれる? あとそのおっきな声、ほんとに気をつけてよね」

 タケミヤは顔だけで振り返った。

「意味解らん。なんでそんなこと気にしないとならんのじゃ」

「佃煮が嫌がるから」

「はぁ?」

 タケミヤは僕に視線を投げて、不思議そうに首を傾げる。がりがりと首の後ろ辺りを掻き毟るとやっぱりうるさく足音を立てて帰って行った。

 イオリを見上げる。

「むり。だめ。僕タケミヤ嫌い」

 イオリが肩を竦める。

「そう言わないでよ。しょーしはしょーしで、イイヤツなんだよ~」

 知ってるよ。だからイオリは魔法を使ってタケミヤを助けるんでしょ。きっとさっきの調査員とかいうのも引き受けるんだ。ため息しか出ない。

「そう拗ねないでよ佃煮」

 ベッドに入って丸くなった僕を柔らかく撫でてくれる。喉。気持ちいんだよね。ろろろろろ、と喉を鳴らして受け入れればイオリはふにゃんと相好を崩して。

「大好きだよ佃煮」

 まさか、契約したイオリがこんなことに魔法を使うようになるなんて、あの時は想像もしてなかったけど。でも、僕が選んだイオリが、イオリ自身の意思で正しいと思うことに使ってるんだから、きっと大丈夫──だよね。

 大丈夫じゃなかったとしても、いいや。

 だって僕、今こんなに幸せだもん。イオリに一目惚れしてよかった。

「大好きだよイオリ」

 僕が呟くとイオリは、ますます目を細くした。

お読みいただきありがとうございました。


誰かがこの設定で、楽しいお話を書いてくれないかなあ──などと妄想しております。

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